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第3話 初老の漂流者 The drifting elderly.


前田(まえだ) 吾郎(ごろう)

64歳 妻ひとり  子ひとり

東京都アンダー葛飾区在住


定年退職を翌年に控えている彼の人生からこの世界を紹介したい。


……「部長! 前田部長!!」


「ん? あ、あぁ 常田君か。どうした?」


「どうしたじゃないですよ〜。最近よくボーっとされてますけど、大丈夫っスか? あの、例の三ツ橋工房さんの企画書って、部長まだ目通してくれてませんよね?」


「ありゃあ! しまった!! ごめん常田君。夕方迄には終わらすわ。待ってて。」


「頼みますよぉ。…まぁ前田部長は俺の心のGranpaなんで(笑)良いですけどね。でも来年定年ですよね!?前田部長にちゃんと軍人が務まるンスかね〜(笑)。」


「…常田君(苦笑)。君のジジってのはちょっと酷くないかい?

でも…僕は従軍はしないつもりなんだ。性格的にどうもね…。」


「!まじっスか?いやいや!!ここの退職金なんて小遣いみたいなもんって部長前言ってませんでしたっけ?…どうするんですか?民間の再就職先なんてもうコネでもないと皆無っスよ。」


「うーむ……そうなんだけどね。僕にはドンパチの世界はやっぱり向いてない気がするんだ……。」


「またそんな事言って!奥さんはどうするんスか!?ここは一発ビシッと入隊して退役後に絢爛優美にやりましょうよ!」


「ビシッと、かぁ、、。」


「そうスよ!一昨年定年になった山中課長って居たでしょ?あの人今、米軍との合同作戦中で、南イエメンでバリバリ活躍してるみたいですよ!

この間も反政府軍のトラック5台爆破したってblogにアップしてました。今やイエメンで“オニノヤマナカ”と言えば有名だそうですよ!」


「ーそうなんだ。…あの山中さんがなぁ。ブービートラップの名手だって? うちではいつでもコピー機の前にいる“コピーのヤマナカ”だったのに。」


「ーちょっとは知ってるんですね。

そうですよ!めっちゃ頑張ってるんです。

あ、あと去年退職したシルバーの小畑さんは

フランス外人部隊とのチームで、検挙は100%不可能と言われていたルーマニアンマフィアの大物の捕獲に成功したらしいですよ。単独潜入中の小畑さんが撮った写真が逮捕の決定打になったようです。」


「…小畑さんって昔っからコアな盗撮マニアだったんだよなぁ。一度女子大生に訴えられかけて200万円払ったこともあったっけかな…。」


「い、今輝いてるからいいんスよ!

  部長も皮肉ばっか言ってないで一旗上げてくださいね!応援してますから。あ、その前に今日中に企画書頼んます!(笑)それじゃ。」


「あぁ。またね。常田君。」

 …全くお節介な奴だなぁ。でもホントに俺の孫でもおかしくない歳なのに、今の子はちょっと…しっかりし過ぎだなぁ。

 やはりもっと子供らしく…あ!いかんいかん。企画書に目を通さないと。

うわぁ何ページあるんだこれ…。



    ※ 一年後 ※



「お疲れ様でした! 部長。」

「お元気で。 前田さん!」

「寂しくなります(泣)私が新入社員の時からいつも色々…。」



「いや〜。みんな、ありがとう。本当に僕は幸せ者だよ。プロジェクトの成功を一緒に見れないのは残念だけど、…皆で頑張って成功させて下さい。」


「わかってますって。うぅっ(T . T)

わかってますよ部長。それより、今後の予定はどうなんスか?」

「やっぱり新日本軍入隊ですか?」

「今はもう定年退職者の働き口なんてありませんしね。」

「部長ならどこにでもハマりそうだから再就職先もありそう。」

「まさか…無職じゃないですよね(笑) ?前田部長。」



「…参ったな。君たち言いたいこと言ってくれるね(苦笑)。僕は健康でどうやら長生きしそうだから(笑)、寿司職人見習いにでもなろうかと思ってる。自分より若いオヤジにドヤされるだろうけど、なに、君たちの相手をしていると思えば良いさ(笑)。」


「酷いですよ〜部長(笑)。…(涙)でも応援します!しっかり頑張って下さいね!。」


「ありがとう!みんな。ありがとう。ありがとう…。」



   ※ 半年後 ※



「…あなた。お父さん!ちょっと掃除の邪魔よ。そろそろコタツから出て。」


「うーむ……ここが1番居心地が良いのに。」


「全く…2つや3つ面接断られたぐらいでやる気無くされちゃ困るわよ。私のパートが無かったらどうする気だったの? …やっぱり軍隊行けば?内勤にしてくれるかも知れないし。」


「うーん。でも、、

 …まぁ就職先これ以上探すのも面倒だしちょっと話だけでも聞いてくるか。」


「嬉しい!やっとやる気になってくれたのね。ほら、従軍中はJRフリーパスが貰えるって言うじゃない? 休日にはまた昔みたいに旅行に行けるわね。」


「全くお母さんはいい気なもんだなぁ。俺が死んだらどうするんだ。向かいの安川さんみたいに。」


「安川さんは競輪にハマって物凄い額の借金があったのよ?借金返すための手当てが欲しくて毎回最前線を希望してたんですって。そんな事してたらそりゃ、いつかは弾に当っちゃうわよ。お父さんみたいな戦う意志のない人はきっと出撃しても後方支援よ。きっと。」


「戦う意志がないって…まぁ、そうだけど。

ま、説明会毎日してるみたいだし、行ってくるわ。」


…こうして、吾郎は説明会に出掛けるためにサンダルをつっかけ、何となく、そのまま入隊手続きをしてきた。


ー吾郎の第二の人生、今始まる。

 



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

ーさて、私達の世界ではこの様に、何の疑いもなく多くの高齢者がエスカレーター式に従軍している。またそれが幸せなんだ、とも思ってる。


彼のこれからの経験を君たちにもっともっと知ってほしい。



…でも今日は一旦終わろう。




2136年6月2日


東京都新宿警戒区域内 新宿駅跡地より


著者


ーGPS送信完了しました。



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