第拾話
塊協半は足音荒く、大股に押し通っていく。
坦陸城主府の中講堂。
彼の手下どもが返り血を全身に浴びた姿で居並んでいる。
堕叉、塊案、土考、揆朋楓、閂滔登、昱右、土哭、螂廈 ― 一夜にして野盗の一味からいっぱしの将星に成り上がった者達が整列する間を、塊協半はその褐色の髯をジャラジャラと揺らしながら、突き進む。
その先の壇上には、瀟洒な椅子が設えられている。
昨夜までこの城の主である壘渋が座っていた主座だ。座面に毛足の長い純白の毛氈が敷かれている。
どすん
塊協半が勢い良く主座に腰を沈め、広い講堂内にその音はこだました。
(今、足元が揺れた?)
揆朋楓がそう錯覚する程、塊協半の動作は豪快であった。
彼は太い足を組み、肘掛けを砕けるほどに強く握ると、
「今日からこの塊協半が坦陸の城主となる。」
野太い声を響かせ、宣言した。
中講堂を占める彼の手下は歓喜した。
「おお!城主か!」
「塢宜の褐剣髯が、巨城を狩った!」
「坦陸の壘渋と、12万の穣北連合軍をまとめてやっつけた!」
口々にこの数時間の出来事を語り、拳を天に突き上げ、主座の塊協半を眩しそうに見上げた。
そこへ、
「こら!いま塊協半さん達は取り込み中だぞ!」
「うるさい!」
中講堂の入口から怒鳴り声が聞こえ、皆振り向いた。
賊徒の太い手を振り払って、髪を振り乱した謫徒が駆け込んでくるところだった。
土考が佩剣を素早く抜いたが、
「土考、剣をしまえ。こいつには何も出来ねえよ。」
塊協半が制止し、土考はゆっくりと鞘に収める。
「塊協半!」
謫徒は諸将の列の間を躓きながら走り、千切れた袍を床に引きずって、塊協半の主座の前に立った。
そして、
「何故、迎坦門の式典を無視したのか!」
と、糾弾し始めた。
「迎坦門での式典に急遽諸官を参列させたのにそれが無駄になったのだぞ。そして城主府でも、長い籠城で食糧が底をついてる中でもなんとか工面して貴様らの為に宴席を準備したというにこれを破壊したばかりか、家士を殺戮するとは如何なる所存か!」
錯乱しているのであろう。些末な事象から話している。端正だった顔が今は歪んでいて、その表情は明らかに異常をきたしていた。
塊協半は頬杖ついてつまらなそうに聞いている。
「何故、壘渋様を討ったのか!連合軍撃退が成れば、貴様らを壘家に仕官させる約束だったではないか!その壘家の長を何故殺してしまったのだ!」
ようやく重要な点に触れた。何本も歯が折れた口腔内を真っ赤に見せて、謫徒は吠えたけっている。
堕叉は丁度、そんな謫徒の真横に立っている。彼は、塊協半の仏頂面と捲し立てる謫徒の真剣さを交互に見て、肩を震わせていた。癖っ毛を弄りながら、笑いを噛み殺しているのである。
謫徒は涙ぐんで絶叫した。
「貴様らをこの城へ手引きした私の立場はどうなるのか!」
「つまらねえ。」
謫徒の金切声に比べ、塊協半の一言は唸るように低音だった。
ともすれば聞き逃しかねない小さな声だが、怒気を孕んでひどく重かったから、麾下の一同は勿論、騒いでいた謫徒も口をつぐんだ。
「言ってる内容が全部、つまらねえ。人のせいにばっかしてるが、一番悪いのはお前だ。金持ちクソ文官め。」
そう言うとジャラッと顎をしゃくり、
「御意っ」
示し合わせていたかのように、堕叉が抜刀しながら躍り出た。
「なっ」
目を丸くする謫徒に対し、
「坦陸を、ご馳走様っ。」
と言うや、謫徒の頭頂から臍の下まで一気に斬り下げた。
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「なあ、螂廈。」
上座で謫徒が鮮血を飛ばして憤死したのを眺めながら、閂滔登は隣に立つ螂廈に小声で話しかける。
「なんでしょ。」
「お前も壜係重の首をすっ飛ばしたよなあ。」
「うふふ。遠い昔に思えるけど昨晩のことなのよね。」
「俺が腹心の盃碁略を斬ったのは5日前だが、それこそ大昔に感じるぜ。」
「腹心を斬ったの?坂外窟を出発する前に。」
「がたがたうるさかったからな。アレと同じように唐竹割りにしてやったのさ。」
閂滔登は上座に向けて顎をしゃくった。
「そっか。殺し方が一緒な分、あんたの方が身に迫るわね。部下を斬るってのはどんな気分?」
見上げるようにして、螂廈は聞く。二人とも短躯だが、閂滔登の方が少しばかり背に勝る。
「そうさな、主を殺すのと一緒じゃねえか?」
閂滔登はもともと下がっている目尻をさらに下げて、螂廈に片目を瞑ってみせた。
「じゃあ、殺って良かったってことね。」
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堕叉は、縦に両断された謫徒の屍を踏んづけて呵呵と嗤う。
「塊協半様っ。籠城中の坦陸で私腹を肥した極悪人として、コレを市中にさらしましょう。実際、壘渋婆さんをたらし込んでたらしいしね。」
そうして列中の昱右に視線を送ると、彼女がそれに応えた。
「名案ね。それで侵略者である私達への怨嗟を避けられる。塊協半様、市中演説の文案は私が書くから、ちょっと待っててくださいね。」
揆朋楓や土哭が目線を交わしている。堕叉と昱右が俄かに塊協半「様」と言い出したことに違和感を覚えたようだが、土考が、
「塊協半様。邪魔が入ったから、もう一回宣言なさいませんか。」
と言ったから、二人は何となく納得したようである。この朝から野盗の群れではなく、彼らは一城を統べる行政機構に生まれ変わったのだ。
「そうだな、蝿が一匹迷い込んで、折角の興が削がれたわ。」
塊協半はそう言うと、主座から立ち上がった。
「今日からこの塊協半が坦陸の城主だ。城民にも宣言するから、昱右は文案を仕上げろ。我々は今日から為政者となるが、昨夜まで民衆だった成り上がり者だ。それを終生忘れるな。我々が忌み嫌うクソ支配者なんかに」
塊協半は謫徒の遺体を指差し、
「クソ支配者なんかに決して身を貶すまいぞ!」
応!
塊協半麾下の将星は、彼らの主の志を胸に刻んで拳を天に突き上げた。
5時半。
朝日に照らされた十黄旗塔が庭から見えた。鮮やかな黄の旗が、坦陸の新たな主を歓迎しているようにたなびいている。




