第六話
「坦彩街は、略奪勝手!」
時刻は4時半。
夜明け前の人影ない街路に塊協半の声が反響する。
城主府から坦帖西路を南下し、西街区を縫って進み、この街に駆け込んできた。
塊協半についてきたのは、主だった者だと堕叉と塊案、他は雑兵たちである。50人程だ。
坦彩街。
言わずと知れた服飾問屋街で、富豪達の豪壮な店舗が並び、ゴテゴテした看板が音も無くうるさい。
「そうこなくっちゃ!」
堕叉は嬉しげに己れの頭領の分厚い二の腕を叩いたが、明け方の暗がりの中でも塊協半の頬が紅潮していると見てとって、
「思い切りやってきな。俺もせいぜい楽しませてもらうわ。」
直線的な鼻梁をそびやかすと、にっこり笑顔を向けて、手近な富豪宅を蹴破って押し入っていった。
それを見た賊徒たちもぱっ、と顔をほころばせ、何人かが堕叉についていく。城市の略奪を揆朋楓に厳しく禁じられ、盗賊たちは鬱憤を溜めていたから、餌食となる豪邸達を前に歓喜の声をあげ、舌舐めずりした。
残った塊案と雑兵たちは塊協半に付き従い、塊協半の
「この邸だ!」
という声と同時に塀を越え、扉を破って堂々と侵入する。そして、
「きやあああ!」
早起きしていた邸付きの婢女に飛びつき、
「ぎやあああ!」
同じく武具を着始めていた衛士の素っ首を刎ねる。
そんな雑兵達を掻き分けるように、塊協半は佩剣を鳴らしながら、院子を横断した。真っ直ぐ主殿に入り、次から次へと現れる使用人を片端から斬り倒し、迷い無く進んでいく。
揆朋楓が城主府の構成を熟知していたのと同様に、塊協半の頭の中にもこの豪邸の平面図が刻み込まれていた。
(何処だ)
頬は沸騰したかのように紅く、髯は逆立つ。牀をひっくり返し、倉庫を開け放ち、壁を押し、柱を蹴って何かを探す。
程なく、やはり揆朋楓と同じように、塊協半も何かを見つけ、ぴた、と立ち止まった。
厨房の端、竃から灰が掻き出され、中から仄かに灯りが漏れていた。そこへ至る足跡も新しい。
竃から下に向かって大穴が開いているのである。
塊協半は躊躇いもなく、穴の中に躍り込む。3mほど垂直落下して、彼の履が地に着くと、
「げっ!」
という叫声に迎えられた。
「二人か」
つぶやいて声の主の姿を捉える。
竃の下に地下室が設けられていた。床壁天井とも頑強な石造で、振り返れば今落ちてきた竃の穴にも、ちゃんと梯子が設置されていた。中は太い蝋燭に照らされていて、この部屋の住人の姿が克明に分かる。一人は脂ぎった禿頭を光らせる肥満体、一人は上を向いた丸い豚鼻から低い音を鳴らしている。
「政商の塘畳と、壘家一族の壘勉独だな。」
塊協半は決めつけた。ゾッとするほどに低い声である。
二人は答えない。
塊協半は言葉を足した。
「塘畳は堪假村を領していたな。」
「ふ、ふん!」
ここで塘畳は肥えた身体を精一杯仰け反らして、
「知らんわ、どうせ小さな寒村であろ。生産力のある村ならこのわしが忘れるはずがない。」
「では、診戀梓という娘も知らんな?」
塘畳の口が「あ」と開いたから、「当たり前だ」なのか「ああ、あの娘か」とか言おうとしたのかもしれないが、ともかく塊協半は佩剣を素早く抜いて、塘畳を唐竹割に両断した。塊協半にとっては塘畳の回答は、どちらでも良いことである。
背後から、
「へっへへへ」
と聞こえる。振り向けば壘勉独が抜刀して、へらへら笑っていた。塘畳と違い、彼は軍属であるから剣は使える。
「堪假村の娘は何人か殺したが、お前の想い人はその中で一番可愛い奴だったかな?気は強かったが、結局楽しませてもらったぜ。」
言葉の終わらぬ内に、塊協半は小手目掛けて剣を振り下ろし、「うがっ」という悲鳴とともに壘勉独の右手首は剣を握ったまま斬り離された。
壘勉独は右手首の斬り口から鮮血を噴き出しながら、蒼白となった顔にへらへら笑いを張り付かせたまま石床を這いずり回って逃げようとした。それに目掛けて塊協半は何度も剣を突き下ろし、その都度叫び声が地下室に反響した。最後に突き下ろした剣がたまたま首に当たり、壘勉独はその頭が床に転がるのと同時に絶命した。
静かになった地下室が血の臭いで充満する。
塊協半は塘畳の絹地の袍で刃を拭うと鞘に収めて二つの骸を一瞥し、表情も変えぬまま、髯をジャラリと鳴らして踵を返し、竃に通じる梯子を登っていった。
この邸宅の門前に掛かる看板には「塘」の一字が彫られている。
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「民衆がいいよ。」
塊案は兄に似た幅広な鼻をちょいちょい掻きながら、白み始めた空の下、路地裏を走っている。
時刻は4時40分。
既に塊協半率いる坦彩街襲撃隊から、一人離れている。豪邸の建ち並ぶ坦彩街も、筋を二本外れれば住宅街となる。塊案が今いる路地も両脇は小さな家ばかりだ。粗悪な磚を積み上げただけの住宅が殆どである。
「豪商とか、官吏とかじゃなくてさ。民衆が、庶民がいいよ。」
今、彼の動きは極めて俊敏で、昨夜の戦場で見せた体たらくと比較すると大違いである。血走る目は真剣そのもの、東方から白み始めた空の下、品定めするように家々を観察する。
中に一軒、玄関を小綺麗にし、粗末ながら紅い提灯を軒に下げているのを見つけると、塊案は唇を舐めた。鍵も簡素で易々と破壊でき、難なく侵入する。物音に家人が気付き、
「盗賊だ!塊某の連中か?」
家長と思しき男が包丁を振りかざしてきたが、塊案はこれを跳ね飛ばすと鈍ら刀を首に叩きつけた。
男がどう、と倒れた向こう、部屋の一隅に娘が一人へたり込み、ガタガタと震えていた。
「ふふ、やっぱりだ。庶民の女はいい。」
塊案は娘に詰め寄り、見下ろしながら己れの唇を真っ赤な舌で舐め回した。




