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東狩獲城  〜『斐界群史』詳伝  作者: 適当館 剛
第七章  剣髯狩坦
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第伍話

「孫娘の壘魍も討て!」

 揆朋楓に感慨は無い。

 むしろ喜色満面で叫んだ。如何(いか)にその「高貴な」者を殺害して手柄を立てるかが彼女たちの目標だから、当然大喜びだ。その声はよく響き、他階にも届いている。


「近くにいるはず。子供、若い娘はなんでもいいから、兎に角首にしろ。褒美は弾むぞ!」


 このあたりは、事務的な対応である。

 敵の棟梁を討ったら、その嫡流は逃してはならない。殺すか、捕えるかの(いず)れかだ。なお今回の揆朋楓は、まず殺害し、首実検で後日改めて確認する積りのようである。


 揆朋楓の指示を聞いた猛者どもは、一番の手柄首を揆朋楓が獲ってしまったので、孫娘を血眼で殿内に探した。


 そこかしこで残虐な血飛沫が上がっている。武者達の精神状態は高揚を通り越して、もはや異常になっているようである。


 腹が肥大した堙撞殃が抜き身をぶらぶらさせながら、大声を出した。

「どこだーっ。壘魍ちゃん、出ておいでー!」

「ぷっ。」

 血でぬめつく両手を大広間の緞帳で拭きながら、揆朋楓は吹いた。


「出てくるわけ無いじゃない。壘渋軍も馬鹿だけど、こっちも同等以上ね。」

 大真面目に少女を呼ばわる堙撞殃は、太鼓腹を揺らして異常に目をギラつかせている。見ればどの兵も常の顔相では無い。真面目で、神妙で、戦闘は大成功を収めつつあるのに緊張感が更に増している。


 いや。

 馬鹿どころか、この歴史的瞬間を認識できる鋭敏さを持っているではないか。


 今回の坦陸襲撃は、この穣界にとって、いや斐界全体にとっても、大陸の歴史にとっても、大きな壮挙となる。それを皆、体で、肌で感じているのではないか。そして異常に興奮してしょうがないのではないか。

 揆朋楓は、少し考え直した。


――――――――――――――――――――


 堙撞殃は、「おーい」と呼ばわりながら敵主君の孫娘を捜索しつつ、館の入口付近に戻ってきた。

 その時、

「うおお!」

 喚声が耳に飛び込んできた。

「あ、坦陸の軍隊の残党が来たあ。」

 堙撞殃はすぐに察して身構える。

 それは当たっていたようで、

「おのれ、名族壘家の屋敷に汚い土足で上がりおって」

 先頭の兵士が叫びながら突っ込んでくる。

 堙撞殃は太鼓腹をゆすりながら、手持ち無沙汰にぶら下げていた抜き身で、兵士の太刀を受けた。金属音とともに火花が散る。


 そこに螂廈が居合わせた。

「へえ」

 大兵の堙撞殃と比べると、その兵士は子供のように小さく見え、いや平均的な成人男性の身長であろうが、兎も角体格差は歴然としている。堙撞殃は野盗くずれでまともな剣術を身に付けてないが、その膂力は群を抜いている。対する小兵も、兵士とはいえ服装が厩舎兵のそれであって恐らく前線に立つ者ではなく、戦闘の職では無い。

 だが頭上から降り注ぐ堙撞殃の斬撃を打ち払い、生じた隙を見て鋭く斬り込んでいく。堙撞殃は呆けた顔はそのままだが、

「うわわ、助けて」

 と、音を上げ始めた。

 兵士は眉間に皺を寄せて、口を尖らせ、

「我が姓は(しょう)、名は西(せい)。これでも坦陸軍の端くれ、壘渋様をお守りせねばならんっ。」

 堙撞殃の首筋に向けて直線的な突きを繰り出した。しかし、螂廈が脇から声をかけた。

「ああ、壘渋の首は、もう、獲ったよ。」

「なに?」

 墻西が突きを止めた。

 それは一瞬だったが、螂廈には十分な時間だった。分銅付きの投網(とあみ)を空中に放り、墻西の身体を巻き取ってしまう。

「くそっ、壘渋様を討ったのか。殺せ、壘渋様亡き今、俺に生きている用は無い。」

 網でがんじがらめになってなお、尖った口から怒気を発する墻西を、堙撞殃が畏怖の目で見下ろしている。

「危なかったあ。」

「あんたもちゃんと剣を教わらないとね。」

 螂廈はそんな堙撞殃の肩をぽん、と叩く。それこそ螂廈の身長は140cm程度しかないから、肩というのは嘘で、実際に叩いたのは堙撞殃の尻だったが。

「墻西って言ったわね。まあ焦らずにもう少しあたし達のことを見てみてよ。同じ坡州の人間として、穣北の奴らを追っ払ってやったんだからさ。正直、あんたみたいに腕の立つ者がこれから沢山必要になるし。」

 螂廈はふと、墻西の左胸あたりが僅かに盛り上がってるのに目を向けながら、色々言ってみる。

 彼は顔を背けているが、

「家族もいるんだろう?」

 この言葉に墻西はびく、と肩を震わせた。

「坦彩街の富豪でなきゃ大丈夫、手出ししないよ。それに、これから城の接収が一段落したらだけど、あたしたちに仕官すれば家族をこれまで通り食わしていけるよ。」

 墻西はギリギリと奥歯を噛み締めて、苦悶の表情を浮かべた。


 雪崩れ込んできた他の連中は、墻西より数段弱く、既に返り討ちにあっていた。

「降伏します。命ばかりはお助けを。」

 という声が聞こえて来る。

 見れば、堙撞殃に負けず劣らず腹がせり出した男が、床に頭を擦りつけて賊兵たちに懇願していた。

 墻西が思わず呟いた。

「塲岺?」

 螂廈は薄ら笑いを浮かべ、

「ああ、西街区治安総監様だったっけ?」

 墻西の顔を覗き込むと、彼は縄でがんじがらめになりながら、不機嫌そうに頷いた。


 程なく断末魔の叫び声が聞こえた。命乞い虚しく、塲岺の首が斬り落とされたのである。

「良かったねえ。役立たずの役人が一人死んで。」

 螂廈は片目を瞑って見せたが、墻西は体の自由を奪われたまま、眉間に皺を寄せ、ただ惨劇の堂内を睨みつけている。

 ふん、と笑ったのか、溜息をついたのか、螂廈は小さな身体を素早く動かして、網に手を突っ込み、墻西の左胸元から何かを掴み出した。

 あっ、という間も無い。

 それは小瓶だった。

「こんなもん、もう要らないんだよ。」

 パリーン

 小瓶は叩きつけられ、中の劇薬が飛び散って、地に吸い込まれていった。

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