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東狩獲城  〜『斐界群史』詳伝  作者: 適当館 剛
第七章  剣髯狩坦
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第四話

 恰幅良くせりだした腹が扉にぶつかる。


(うわ、大変なことになっている。)


 塲岺は小部屋に隠れてうっすらと扉を開け、中講堂を覗き見ていた。その目には歓迎の宴を踏み躙る「起死回生」の賊徒たちの、悪鬼の如き振る舞いが映っている。

 彼は先程、坦下門で謫徒と分かれ宴会準備の進捗を確認すべく、城主府に戻ってきた。到着後、自室でだらだらと着替えたり、煙草を吸ったりしている内に、何やら邸内が騒がしくなり、裏廊下伝いにこの小部屋に入って様子をうかがっているものである。通常の導線で中講堂に向かっていたら、揆朋楓たちに素っ首を落とされていたろうから、賢明な判断ではある。


(だから言わんこっちゃない。嫌な予感はしたんだ。)

 「国毒情夫」の奴が、氏素性の分からない下賤な野盗の群れなんぞを信頼するからこんなことになるんだ、と塲岺は腹を揺りながら、床に唾を吐いた。

 と、同時に少し動揺して身を固くした。

 賊の一人がこっちを見たのである。大兵で虎髯の蓬髪(ほうはつ)、垢だらけの汚い顔で残虐極まりない風体だ。


(見つかったか?)


 塲岺は顎を引いて、喉肉を三段に重ね、さっきは吐いた唾を今は飲み込んで、じっとした。

 虎髯の賊が、こちらに一歩踏み出した。

 だがその直後にそばに固まっている使用人の一団に気付いた。そして賊はそちらへ斬りかかっていった。


(ふう。)

 ややあって、塲岺は静かに息を吹き出す。

(ここに隠れていよう)

 彼は小部屋の隅に身をかがめた。


 その耳には、扉向こうの中講堂で繰り広げられている阿鼻叫喚が、延々と聞こえていた。


――――――――――――――――――――


 3時40分。

 揆朋楓は、人よりも頭一つ分高い位置で長い黒髪を靡かせながら、靴音を響かせている。


 御殿内の諸室配置は、綿密に調査済みだ。殺戮の現場となってごった返す邸宅内を縫い、回廊を過ぎ、階段を登り、目的ありげに迷わず進む。


 そして第3層の回廊に、見過ごしそうなほど小さな鉄製の扉があり、その前で足を止める。肉感的な大きな口がにかっ、と開き、

「見ぃつけた。」

 と喜ぶ顔は、まさに獲物を見つけた魔物のそれであった。


 内側からカギがかかっているが、助走をつけた揆朋楓の飛び蹴りで、豪快に鉄扉は吹き飛ぶ。


「きやあああ」

 中は狭く、老婆が1人、身を縮ませて入っており、揆朋楓の武者姿を見て叫んだ。

 構わずに引き摺り出し、大廊下に転がして、馬乗りになった。


「壘渋、討ち取ったり!」

 次の瞬間、揆朋楓は老婆の首を右手に掲げ、大声で宣言していた。


 大城市・坦陸の城主であり、後閔の驍勇として名高い壘洗の後裔であり、そしてひとときは坡州東部に蟠踞(ばんきょ)して、州王・培梅と渡り合った一方の雄、壘渋。坤斧という良将を得て、強力な軍事勢力を築いたものである。


 それが今は、無残にも首を掻かれた一介の老婆でしかなかった。血統も業績も地位も、戦争に負ければ意味は無い。揆朋楓の如き卑しい生まれの下品な娘によって、その高貴な体は胴と首を切り離されてしまう。それは女武者にとって玩具を壊すより簡単な作業だった。


「孫娘の壘魍も討て!」


 揆朋楓に慈悲はない。元気よく配下の盗賊たちに容赦の無い号令を下した。


――――――――――――――――――――


 4時。

 塊協半と堕叉も揆朋楓に少し遅れて城主府の制圧に参加していたが、

「よし、ここはもういいだろう。」

 と、塊協半は惨劇の宮殿を見回して呟いた。

 堕叉は笑いながら、

「そうだな、揆朋楓が水を得た魚のように大立ち回り―」

 塊協半を仰ぎ見たが、その表情を見て少し驚愕し、

「してるし、な。」

 珍しく口籠もった。


 塊協半に殺意が満ちていたのである。


「我らは坦彩街(たんさいがい)に向かう。」


 これまでは野盗として、そして今夜は巨大な軍隊を撃退した指揮官である。当然、そばに居た堕叉は、己れの頭目が戦闘に臨んで悪鬼のような表情を浮かべるのを、何度となく見ている。

 しかし、こんな顔は初めてだった。


 大きな一重目には残忍な瞳がギラつき、硬く太い眉毛を片方だけ吊り上げている。口は微笑んでいる。しかしそれは余りに酷薄で、唇の動きにあわせ褐色の髯が「ジャラリ」と小さく音を立てた。


「行くぞ」

 周りの手兵を連れ、塊協半はまだ暗い坦陸の街に再び繰り出していった。


 坦彩街に何があるというのか。

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