第参話
荒武者どもが
「うおあああ」
という鯨波の声とともに、城主府の門内に雪崩れ込む。
「さあー!」
揆朋楓は橙色の鞭を振りかざし、叫ぶ。
「こん中にいるのは、お前らの嫌いな搾取の張本人だよ。だから、ここからは略奪、暴行、なんでもありだっ。やっちゃえ、やっちゃえー!」
甲高く啼く、夜の鴉が如し。
揆朋楓のあげる歓喜の煽りは、匪賊どもの雄叫びの中をつんざいて、居合わせた何百人もの耳に届いた。
広大な庭園。
樹の下、奇岩の平面、そここにまた「義軍歓迎」の朱い派手な幕が下がり、貼られている。
巨大な門扉。
木造りの瀟洒な扉を叩き割って宮殿内に侵入すれば、玉石を延べた回廊が、遥か先まで続く。
揆朋楓は大股で進む。
邸内で遮二無二暴れまわる兵卒の間を、淀みなく闊歩していく。
壘渋の豪邸では、あちこちで振る舞いの料理が準備されていた。
ふと隣に女武者が立った。
「朋楓さん。こりゃ、あたしらへのもてなしなんでしょ。籠城してたにしては豪華だけど。それと『義軍』ってのも一応、当たってるんだけどねえ。」
懸厘だった。
成人女性としてはかなり背が低く、揆朋楓と並ぶと大人と子供以上の差異が生じる。横幅があって、姿形は球に近い。右手には、血みどろの巨大な肉切包丁を握っている。この夜にどれ程の敵を屠ったのか。
「我が軍が渤因連合12万を追い払ったんだもんね。感謝する気持ちは分かるけどさ。それにしてもねえ。」
「悲しい勘違いだねっ、と。」
懸厘は目の前を逃げる下男に、肉切包丁を、ぶん、と振り下ろし、彼を両断した。
鞭で手のひらを打って、懸厘の手並みに拍手を贈ると、揆朋楓は「ふん」、とため息をつく。
(滑稽だねえ。我等は渤因だけを敵視してるんじゃない。これまでの搾取階級を、民を顧みない支配者を、ぶっ潰そうとしてるんだ。)
宮殿の連中は、宴の用意を慌てて止め、逃げ惑い、中には刀を取り出して抗戦する者もいる。
1人の料理人が剣を構えて揆朋楓に対する。
「卑怯じゃないか。お前らの労をねぎらうため、壘渋様がもてなそうとしたのに、仇で返すのかっ。」
「馬鹿。この料理の材料もお前の食い扶持も、みーんなあたしら坡州の民衆から巻き上げた租税だろ?そんなだから、あたしゃ、壘渋が嫌いなんだ。渤因以上にね。」
言い終わらない内に電光の如く、剣を抜き打ち、料理人の首を吹っ飛ばす。
揆朋楓は歯向かう者、逃げる者、構わず片っ端から切り伏せて、闊歩する。
そして頭の中でつぶやく。
(右に曲がって。そして左に曲がる。)
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「痛っ」
謫徒は身体に負った擦過傷、裂傷、打撲、青痣等々、無数の傷に苦しみながら、路上に転がっている。
3時半。
坦帖西路は未明の静寂に沈み、彼の呻き声だけが虚しく空気の中に揺蕩っている。
「何故だ。」
美しく並んでいた彼の白い歯は今や、何本か折れ、残った歯も血と砂で赤黒く汚れていた。
「何故、塊協半は恩ある俺を足蹴にし、といって野盗らしい略奪行為もせず、北に走ったのだ。壘渋様はどうなるのか。」
仰向けになった彼の目に三日月が眩しい。
「痛い、痛い、私を怪我させ、私をどうするのか。」
謫徒が転がっている間に、彼を愛した主君、壘渋の命は風前の灯になりつつあった。




