表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
東狩獲城  〜『斐界群史』詳伝  作者: 適当館 剛
第七章  剣髯狩坦
58/67

第弐話

 3時を過ぎた。

 謫徒は迎坦門広場の地面に転がっている。


「私は壘渋様の名代(みょうだい)、謫徒だ!ぐっ」


 奔流の如く駆け抜ける盗賊たちが、次々に謫徒を踏み(にじ)る。

「何か踏んだか?」

「ゴミだろ。余計なこと気にせず速く駆けろ、乗り遅れるな」

 盗賊たちは謫徒の立てた歓迎計画なぞ知る由もなく、前しか見ずに謫徒を塵芥扱いして先を急ぐ。彼らの木沓やら皮鞋やらが、謫徒の腹や背中を蹴り込み、悲鳴は250人の足音に掻き消された。迎坦門に並んでいた壘家の文官たちも、謫徒を置き去りにして、蜘蛛の子を散らすように逃げ失せている。

「―塊協半よ、忘れたか!」

 砂の上に丸くなった謫徒はめげず、鼻血を撒き散らしながら叫ぶ。

「まず迎坦門にて我ら壘渋軍と塊協半の衆が対面の儀を()り行い、その後城主府に入って歓待の宴席というのが、今朝の次第だったのだ。それをお前は、全てすっ飛ばしおって。何をしでかしているんだ!」

 そのツンと尖った鼻梁は無惨に折れ、口からとも鼻からとも分からず血が吹き出して、常より唇が紅い。

 芋虫の如く地面に丸まった謫徒の叫びは、塊協半の一団が通り過ぎた今、最早誰も聞いてなかった。


――――――――――――――――――――


 いや、

「こんな奴に城を仕切られるとは、情けないわね。」

 一部始終を見聞きしていた者はいた。

「やっぱり塊―、何だっけ、塊某はこの城を獲る積もりだったのよ。」


 壘魍だった。


 彼女は謫徒が倒れている広場の上、迎坦門の門楼上に用心棒の延業禦と2人で隠れていたのである。切長の一重目を更に薄め、眉間に皺寄せ、口をへの字に結び、腰に手を置いて囁き続けた。

「坦陸は、壘家は滅ぶ。」

「姫様」

 ここで延業禦が口を挟んだ。

「姫様、坦陸は、壘家は滅びますか。」

 彼は180cmに及ぶ長身である。壘魍にとっては頭頂に言葉が降ってくるように感じられた。

 この巨躯の従者は主君の小娘が言った台詞を鸚鵡(おうむ)返ししただけだが、念入りにその言葉を確認したようにも聞こえた。

 ただ壘魍は左程(さほど)疑問に思わず、小声で応じる。

「そう、滅ぶの。だから城主府へ戻るの」

 そして私は家に殉じるの―

 という部分はよく聞き取れなかったが、彼女の強い意志は門楼上の闇の中でも十分感じ取れた。壘魍は、螺鈿の髪飾りを外し、その場に捨てた。

 眼下では、謫徒が(うめ)き声をあげながらのたうち回っている。

 ただこの時強烈な感情に支配されたのは壘魍だけでなく、延業禦も同じだった。彼は節くれだった長大な手指を強く握った。そして、

「お家滅亡の時、坦陸から姫と落ちよ、と壘渋様から」

 しゃがんですばやく壘魍の幼い腹に拳を埋め込み、

「きつく命じられております。御免を。」

 ()えなく気絶した壘魍を軽々と肩に担いだ。


 そして次の瞬間、巨体からは想像できぬ俊敏さで迎坦門の門楼から姿を消していた。


――――――――――――――――――――


 運程跌が崖上の土考たちに駆け寄り、

「いやあ、美扼温の姐姐め、動きが早いですよ。あれからすぐさま美獣達を護衛して墳上河の河畔に到着、渤方の敗兵も一緒にとりまとめてましたから、今頃両国の落武者どもをあらかた東岸に運び終えているでしょう。」

 と、報告した。これを聞いた土考は、崖下の火がだいぶ消えたのを確認して閂滔登に命じた。

「手勢20ばかりを連れて、崖を降り、騎乗して墳上河に出ろ。河畔には秦州兵が残っている筈だから、それを潰す。美扼温の反撃は怖いが、手負いの秦州軍なら屠れる。」

「おお、火から逃れた連合軍の馬が結構いるな、分かった。あんたは?」

「俺は弓隊で行く。墳上河の河岸断崖の上から射降ろす。」

 3時15分。

 馬を捕まえた閂滔登の騎馬隊と、杣道を伝った土考の弓隊はほぼ同時に墳上河をその視界に入れた。


「くく。秦州兵め、落武者もいいところだな。」

 閂滔登は嗤い、怒涛の馬蹄とともに址細径を飛び出して鬨の声を上げた。呼応するように、断崖上へ展開した土考の弓隊が、蜂の大群を思わせる矢唸りを上げて射降ろした。


 300人程度の秦州兵は、それほど広くもない河原で心細げに肩を寄せ合い、真っ黒に北流する墳上河の川面(かわも)を絶望的に見つめていたところだった。「舟がない」「置いていかれたんだ」そこここで哀しげな嘆息が漏れる、そんな落魄(らくはく)した敗軍に土考と閂滔登は襲いかかったのである。


「見つけた!秦州王だ!」

 手下の濁声(だみごえ)が闇に響き、閂滔登は反射的に声の方に駆け出した。さすが敗軍の中でも州王ともなると近衛が取り囲んでいる。

 しかし閂滔登は躊躇なく川石を踏み切って跳躍し、その近衛の集団に突っ込んだ。短躯で跳ね回り、敵の首に太刀を叩きつける様はまるで(のみ)の如し、穂泉煎の衛士たちは地に()し、(たちま)ちに警備は薄くなる。

「あれ?」

 しかし、拍子抜けした声を漏らした。

 1人の衛士が泣きながら、横たわる秦州王の体に覆い被さっていたのである。

「なんだよ、穂泉煎の老ぼれはもう死んじまってるのか。」

 衛士はキッ、と閂滔登を振り仰ぎ、涙を撒き散らしながら斬りかかって来たが、

「情けねえ、まさか心臓でも止まったか?州王ともあろう者が戦死すらできないのか。」

 閂滔登は衛士を軽くあしらい、(わき)の下に深々と刃を突き刺した。

 やはり秦州王穂泉煎は絶命していた。顔の右半分は焼け爛れ、右脚に2箇所縛られた包帯は真っ赤に染まっていた。出血多量か、それとも閂滔登たちの鬨の声に衝撃を受けたか、心臓は止まっていた。

 閂滔登は穂泉煎の首を掻き、

「ほらよ、手柄。」

 濁声で知らせてくれた配下に手鞠の如く投げ渡すと、すぐに川の方へ走り出した。

 大きな雄叫びが聞こえたからである。


 それは秦州龍牙代、税命のものだった。

 彼は右手に槍を握って河砂の上に立ちはだかり、濃い眉を寄せて眉間に深い皺を作り、賊徒に負けない声で喚いていた。

 槍は空色に金装飾、朱の大きな房を垂らした豪奢なもので、夜陰でも目立つ。

「よし、あの声のデカい大将格を狙え。」

 土考は崖上で指示し、直後無数の矢が税命を襲った。

 しかし自慢の槍を伸縮自在、短くも長くも使って矢を払い、暗闇から続々と駆け出てくる悪鬼の如き騎馬兵に対しては突出し、回し、叩きつけ、見事な槍術を披露した。襲いかかった閂滔登とも渡り合い、槍相手には不利と悟った閂滔登の方が場を退いた。

 それを見た土考は、

「へえ。」

 と感嘆、弱いと思っていた秦州軍にも骨のある奴がいたかと微笑した。だが兵勢の差は歴然、程なく税命の槍筋は鈍り始める。土考は、箙から矢を一本抜いて弓につがえ、キリキリと引き絞るや、ひょう、と射た。

 矢は税命の首を貫いた。

 税命は叫んだ。

「誰だ?誰なんだっ。」

 答えてやらねばなるまい。

 土考は断崖の杣道を駆け降り、一本の(のぼり)を川石の只中に突き立てた。


「か。(かい)?」


 首を射抜かれてふらつく税命が、幟に染め抜かれた「塊」の字を見て問い、土考は答えてやった。


「坡州の野盗、塊協半の軍だ。これから救民の国を建てる。」


 だが税命の耳は既に聞き取れていないだろう。最早不明瞭な何事かを呟くと、派手な槍を握りしめたまま、どう、と砂の上に倒れた。(うつろ)な目で夜空を見上げている。三日月が目に入ったろう。


 荒くれ一人が、

「土考さん、こいつの首貰っていいか?」

 と聞き、土考は関心なさそうに答えた。

「好きにしろ。だがこの程度の首、これからワンサと獲れるぞ。」


――――――――――――――――――――


 坦陸城主府の正門前は騒然としていた。荒武者どもが叫び、彼らの鯨波が夜陰に拡がる。

 揆朋楓はそれを満足げに眺め、右手に握る橙色の鞭をヒュンヒュン鳴らすと、


「さあー!」


 甲高く叫んだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ