第伍話
「よおし。やれば出来るではないか。」
ツンと尖った鼻梁をそびやかし、謫徒は真っ白な歯を見せつけるように破顔した。
深夜2時半。
坦陸の城主府中講堂では、山海の珍味がズラリと並べられて薫香が鼻腔をくすぐる。
(この饗膳が野盗どもの口に入るのか。)
料理人は腰の佩剣を弄りながら、小さく舌打ちした。先程、謫徒に強要され城主御一家用の食材まで持ち出して調理したのである。やりきれない思いで胸がはち切れそうだった。他の料理人や配膳たちも一様に渋面である。
「はっはは!なあ、どこに隠し持ってたんだお前。あるなら最初から出せ」
しかし謫徒はお構いなしに料理人の肩を掴み、満足気に中講堂を見渡すと、
「さあ、4時頃には塊協半御一行がここに着く。皆、くれぐれも粗相なきよう、熱烈に歓待するのだぞ。この城の救世主なんだからな。おっと」
こうしちゃおれん、と謫徒は急に走り出して、城主府出口にふらついている駄馬に飛び乗り、深夜の坦帖西路を一直線に南へ駆け、迎坦門にやって来た。
開け放たれている門扉をくぐって広場に出ると、西街区治安総監の塲岺が恰幅の良い腹を揺すりながら近寄ってきた。
「謫徒殿。文官を刈り集めて来ました。」
見れば、迎坦門広場を囲う城壁に沿って、袍に身を包んだ文官たちが並ばせられている。門楼の上にずらりと焚かれた篝火が彼らの頭上から炙るように照らし出していた。
「野盗どもを迎えるのに本来なら壘家の武官が居並ぶべきですが生憎殆ど戦死し、生き残りも城主府で料理してますからな。青白い文官しかおりません。」
「さすが西街区治安総監、よおく分かってるな。うんうん、まあ、こんなもんだろう。」
謫徒はぐるりと文官達を見渡すと、塲岺に向き直った。
「いいか、救援軍がこの迎坦門広場に入って来たら、そうさな、ここで」
塲岺曰くの「野盗」を「救援軍」と言い直すと、足先で地面に線を削って、
「ここで私が礼を言い、拱手する。それを合図にお主らも一斉に拱手せよ。明日落城する筈だったこの坦陸を守ってくれた救世主だ、誠意をもって出迎えるのだ!」
迎坦門の城楼に人影がある。
楼閣の影に隠れ、謫徒の叫びに聞き耳を立てている。
溜息をつきながら、眉間に皺を寄せる少女は壘魍。その後ろ姿を険しい眼差しで見つめる大男は延業禦。
「おばあさま、我が家の行く末が程なく決します。」
壘魍の声は、城楼を覆う深夜の闇に吸い込まれていった。
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3時前。
迎坦門の200m南に、坦陸の正門たる坦下門が聳えている。そしてその門楼に謫徒が立つ。
眼下には門外に集合した軍勢が未明の闇の中に蠢動し、彼らの姿は女墻毎に設置された篝火が照らすものの朧げにしか分からぬ。だが声高に下劣な私語ばかりで、隊列も何もあったものではなく、軍律の無い下等な賊徒の群れなることは一目瞭然、謫徒は「ふん」と鼻息を鳴らした。脇に控える塲岺ははっきり「こんな盗賊輩に助けられるとは、なんともはや。」と侮蔑した。
「ふふ。しかしこの塊協半率いる豪傑どもは、滅亡間近な壘家にとって起死回生の切札でもある。」
謫徒は唇を拗らせて笑い、塲岺の丸々とした肩を叩くと、スウ、と息を吸った。
そして明朗に叫ぶ。
「殺殺!」
謫徒の言葉が坦下門に反響した。
すると間髪を入れず、暗闇に広がる流賊の群衆から、
「渤因!」
と腹の底を揺るがす重低音で、返答があった。
塲岺はこの地獄の底から届いたような禍々しい声に不快感を覚え、不吉な予感に包まれたため、「起死回生、ねえ」と皮肉を捻り出すのがやっとだった。
対して謫徒は得意満面で、塲岺に爽やかな笑顔を振り向け、
「合言葉も間違いない。いよいよ坦陸は助かったのだ。」
と欣喜雀躍し、再び門下へ明朗に呼ばわった。
「私が姓は謫、名は徒、坦陸壘家の名代だ。お主ら塊協半軍を歓迎する!」
この時、門下の暗闇からゲラゲラと下卑た笑い声が起こり、塲岺は腹を揺りながら不審がったが、昂る謫徒は気に止めず、側の者に下命した。
「迎坦門に馬を走らせろ、塊協半軍300程が入城したとな!」
「ええと、私はじゃあ、城主府に向かい、宴席準備の仕上げを確認するとします。」
「おお、そうしてくれ。俺もすぐ迎坦門へ向かう。」
煙たい渋面の塲岺に対し、謫徒は一瞥もせずに承諾すると、大声で門衛への指示を出した。
「坦下門を開門せよ!」
この時、更に大きい笑い声が門下から響いた。
「うわっはは!本当に開けやがったぜ!」
堕叉は門扉の開いた坦下門を指差し、馬上に腹を抱えて笑っている。
横の塊協半は逆に悪鬼の如き形相で、馬上で同じく門扉を指差し、
「雪崩れこめ!」
と、号令するなり馬の尻に鞭を振るった。
「狙うは壘渋の城主府のみ。途中のものには指一本触るな!」
おお!と盗賊の群れは城内に殺到した。




