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東狩獲城  〜『斐界群史』詳伝  作者: 適当館 剛
第六章  夜行址細径
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第参話

「まだ寂しい。あと5品足せ。」

「そんな!」


 料理人は謫徒の指示に辟易としていた。料理人と言っても佩剣を腰に下げており、正式な職は武官で、ついさっきまで城主府警備の任に就いてた者である。

「貴様、この城を救ってくれた義軍を歓待するのにこれで足りると思うのか。」

「そりゃ、市街戦にならず、拙者も助かりました。ただこれ以上作ろうとすると壘渋様御一家のお食事分になります。」

 謫徒はその優しい杏仁型の眼に一瞬険を浮かべたが、すぐにさらさらした前髪を掻きあげ、

「よい、よい!」

 真っ白な歯を剥き出して笑った。


 坦陸城主府の中講堂は、普段であれば文武の将官が集う評議場であるが、今はその大空間に円卓が所狭しと並び、その上に牛肉の醤煮やら、豚の姿焼き、燕の巣等、山海の珍味が芳香を放って山盛りになっている。

 今日にも落城する筈だった城とは思えない。どこにこれだけの食材があったのか、壘渋の号令で城主府は勿論の事、深夜の市街地に警備兵らが出かけて食材を分捕ってきたのである。

(ひどい領主だ。)

 先程の料理人も佩剣を見せつけて、城主府近くの飲食店から肉や魚を脅し取ってきた。

(どこの世界に籠城に耐えた領民から強奪したもので、野盗の群れを歓待する為政者がいるだろうか。)

「もはや籠城は終わったんだぞ?」

 視線を彷徨わせる料理人の正面に回り込んで、謫徒は傲然と言い放った。


「御一家の備蓄も構わん、全部吐き出せ!」

(謫徒様がこれほどもてなすのだ。ただの流賊ではなく我らの救世主なのかもしれない。そう思うようにしよう。)


 料理人は無理に自分を納得させ、謫徒にガクガクと頷いてみせた。


 時刻は1時半になろうとしている。


――――――――――――――――――――


 その頃址細径の入り口付近では、塊協半本隊300が勝鬨をあげていた。

 撤退する連合軍の背中を散々に斬り裂き、特に最後尾の秦州軍はなぶり殺しと言っていい。流賊から構成される塊協半軍にとって、搾取層である憎き州王軍をやっつけたのは痛快以外の何物でもない。


 三日月の下、揆朋楓は肉感的な口を笑わせて、

「取り敢えずこれで、坦蔵平原の連合軍は追い出し完了ね。」

 馬上に鞭をビュンと振る。

 どこからか戻って本隊と合流した塊案は、耳の脇を橙色の鞭が通過したので、幅広の鼻をさらに大きく開き、「ヒッ」と目を丸くした。

 同じ幅広の鼻を持つ兄の塊協半は、

「お前ら見事だった。あの美因大渤から成る12万の連合軍を、たった500でやっつけたんだからな。」

 これも馬上から睥睨し、流賊の群れを激賞した。だがすぐ太く硬い毛虫のような眉毛をのたくらせ、一転してドスのきいた声を発する。

「と言ってもまだ俺らは根無草だ。今立ってるのは坦蔵平原の荒野の上だ。」

「こんなだだっ広い所にたった500じゃ、いやここにいんのは300か、まあいいや、どっちにしたって寂しくて仕方ねえ。精鋭に相応しい場所に腰を落ち着けようぜ。」

 厳しい表情の塊協半の横から、土哭が丸太のような両腕を広げて口を尖らせる。

「そうよ。」

 堕叉が、暗闇にも分かる青い頬に楽しげな笑い皺を作って、土哭の言葉を受ける。

「野郎ども、もう一ッ働きだ。あの城を狩らなきゃ、今度は俺らが坦蔵平原に骸を晒すぜ。」

「堕叉の言う通りだ。行くぜ、お前ら!」

 塊協半は鞍上に硬い髯をジャラリと鳴らして、坦陸城を指さした。

 おお、と流賊は応じた。

 身体は疲れている筈だが、渤因秦の大軍を撃破した高揚感で皆、力が漲っている。次の獲物を欲しているのである。

 堕叉はその様子を眺めてニヤつきながら、

「なあ」

 と、塊協半に馬を寄せる。

「謫徒の馬鹿は手筈通りに門を開けやがるかなあ?」

「ああ」

 塊協半は大きな一重目を見開き、眼球を大きく回転させる。

「必ず開けるさ。どれ程の馬鹿者か、見物だな。」


 西方、坦蔵平原の向こうに坡州東部の巨邑たる坦陸城が聳えている筈だが、三日月の灯りではその姿は見えない。

 塊協半は堕叉の顔を覗きこんで、不敵に笑い、何事かを口にする。

「殺殺」

「渤因」

 堕叉もそれを受け、笑い返した。


――――――――――――――――――――


 運程跌は深更の樹間を走る。

(何て速さだ。)

 灌木はまばらだが、それでも月光は殆ど届かず、真っ暗な中を彼は走っている。当然、昼の平地を走るよりは遅い訳だが、

(手負いの将兵を引き連れての退避行で、しかもあの細い地峡だ、『扼温姐姐』め、何であんな速く動ける?)

 美扼温の軍勢は、単独で駆ける諜者と同等の速さで行軍しているのである。

 運程跌の足元は千丈の崖だが、その谷底を縫うように美扼温が引率する一団が進んでいく。その中には主君の美獣をはじめ、手負いの兵士を多くいる筈だが、殆ど駆け足の速度である。

 美扼温は、址細径の地形が頭に叩き込まれているのであろう。うねうねと曲折する道を絶妙に速度調節して、滞ることなく進んでいく。長蛇の行軍において、随所に連絡係を置いて合図を送っていると思しい。しかし、それにしても余程の調練を積んでないと出来ない芸当である。


 やがて墳上河に出て、址細径の地峡は終わり、運程跌は崖を降った。美扼温率いる一団は既に、河畔の一隅で額を集め何事かを協議している。運程跌は集団に程近い叢に身を隠したが、その途端名鐘の如き声が耳に届いた。


「この渤軍を一兵たりとも損なわずに渡してさしあげろ―」


 彼は隠れたばかりの叢から即座に、しかしひっそりと立ち上がると駆け去った。

(この様子じゃ、渤因軍は逃げ切るだろう。我が軍がこの河畔を襲撃したとて、美扼温相手では返り討ちされるのが関の山。秦州軍の討滅に専念するよう、戻って土考に伝えよう。)


 名鐘の如き声は続けて秦州軍について言及し、運程跌はそれを背中越しに聞いている。

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