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東狩獲城  〜『斐界群史』詳伝  作者: 適当館 剛
第伍章  一字閃亡霊、闇夜を火炎にて焦がす
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第九話

 堕叉は長身から、剣を振り下ろした。

「ひゃはは!」

 大火傷を負った因州兵の焦げた背中を両断した。堕叉の青い顔にどす黒い血が吹きかかる。

 渤因秦の巨大な三国連合軍は皆、背中を向けて敗走しており、堕叉たち塊協半軍になぶり殺されていた。


「しかし、お前。どう思うよ。」

 堕叉は剣を振り回しながら、世間話でもするように傍の懸厘に話しかけ、

「我らはこんなに小勢なんだぜ。人は恐怖心ひとつでこんなにも盲目になってしまうのかね。」

 眼前を走る秦州兵の背中を両断した。自分たちの背中を襲っている軍が「小勢」―。秦州兵のすぐ後ろで大声上げて喋っているのだから、聞こえぬ筈は無いのだが、兵士たちは大人しく斬られ、絶命していった。

「面白えな!」

 闇の中、堕叉は凄絶に笑い、問いかけられている懸厘は快活な笑顔である。

「本当、本当!」

 懸厘は丸い顔面を更にまん丸にし、大きな口を開けて、肉切り包丁をブン回す。

「天下の因州美家、渤因秦大連合の精鋭たちも、こうなっちまったら、ただの泥人形だねえ!」

 巨大な肉切り包丁は、闇と共に哀れな兵士たちを裂きに裂き、背中を割られた屍が絨毯(じゅうたん)の如く、平原に敷き詰められていった。


――――――――――――――――――――


 なかなか進まない退避行を訝り、秦州軍の若武者、和群乏(かぐんぼう)は槍を片手に駆け回って状況把握に努めた。龍牙代の税命を中軍に見つけると、

「どうも因州の啓潔()が、先行隊の進軍を妨害したようです。」

 と、報告した。税命は苦虫を噛み潰したように顔を歪める。

「敗戦とは恐ろしいものよ。啓潔のような沈着冷静な常識人ですら、常軌を逸してしまうのだから。秦州は連合軍でも最後尾だな。」

「はい。渤因軍の先頭はもう、址細径に入り始めているでしょう。」

「我等が殿軍(でんぐん)を押しつけられたのだな。」

 天を仰いだ税命に対し、和群乏はいつもの穏やかな丸顔で言う。

「ではこの和群乏、殿軍のそのまた殿軍を務めまする。」

「なに?」

 税命は和群乏の申し出に目を丸くした。

「その必要はない。今は疾く疾く落ちのびるのみ。この状況の殿、壊滅は必定ぞ。」

「いや、それどころか拙者が殿を務めたところで、我が軍の壊滅は免れますまい。であれば、せめて軍の柱石たる税命龍牙代と州王穂泉煎様だけは、何とか穣河の北岸へ戻って欲しいのです。御二方さえ戻れば、御国には穂佑聯様もおわしますし、やり直すことができましょう。」

 和群乏は税命を説得し、殿軍と決定した。本隊を先に行かせ、自らは最後尾に戻り始めた。

 とそこへ、純白の総鎧を纏った武将が一騎、乱軍の中に現れた。何人かの負傷兵を連れている。

「困士甜殿!」

 和群乏はふっくらした顔を赤く染めながら、月夜の下でそうとは分からないが、ともかくそう声をかけた。

 首を傾げる困士甜に、

「あ、あの、秦州交相代和酬(かしゅう)の嫡男で、同州龍牙府副参謀の和群乏と申します。」

 と名乗った。困士甜は軍議等で見た顔を思い出したらしく、軽く会釈した。

「この和群乏が殿軍を務めます。ですので、連合軍撤退の被害が少しでも抑えられますよう、困士甜様からお知らせください。」

 彼女は僅かに速度を緩め、和群乏とすれ違いざま、

「ご苦労」

 と、一言だけ言った。そして再び速度を上げ、馬の尻を鞭打って負傷兵たちを引っ張っていった。

 困士甜の応対は無礼であろう。和群乏の方が7歳年少とはいえ、州龍牙府付きの部隊長であることは同じである。しかし、和群乏は穏やかな眼差しのまま、困士甜が発した一言を反芻していた。

 緊張感ある冷たい声だが、和群乏の耳には凛とした女傑の言葉にしか聞こえなかった。


――――――――――――――――――――


 24時50分。

 美獣の顔は蒼白となっている。

 址細径に辿り着く頃、周りの味方も数える程、いつしか馬も失って、因州王でありながら徒立である。彼の青外套は火炎に焦げ、刀槍に破れ、白銀の総甲冑も闇に曇り、輝きを失っている。

 右隣にいる雑兵は、損壊した鎧を引き摺りながら、

「ああ、12万もいた連合軍がどうしてしまったのだ。何故一瞬にして総崩れしてしまったのだ。」

 と嘆息し、左隣の輜重(しちょう)兵は焼け焦げた顔で夜空を見上げ、

「やはり『一字閃』坤斧なんだ。これ程の奇襲は坤斧でなければ出来ぬ。」

 と呟く。因州王美獣のすぐ脇で弱音を吐く兵士。常であればあり得ぬ話だ。

 美獣がきつく眉根を寄せて奥歯を噛み締めた時、

「美獣様!」

 突如呼び掛けられた。そして声の方から巨大な鳥が現れた。


 ― と、見えた。


「丹邦冤か!」

 紅鶴の羽根、兜の両脇に生えて天を突き刺すが如し、若き因州龍牙代、巴雷丹邦冤(はらいたんぽうえん)であった。

「美獣様。この巴雷丹邦冤がお守り申し上げます。」

 筆で引いたような優美な眉が蠕動(ぜんどう)し、彼女も並々ならぬ決死の気魄(きはく)である。巴雷丹邦冤は暗黒の地峡に、主君を()かした。

「さ、早く!」

「ぬうう」

 さしもの美獣も脚を踏み入れるのを躊躇(ちゅうちょ)する。址細径の入口はさながら地獄の門、覗いてもその先は漆黒の闇ばかり、どこまで続くのか窺い知れぬ。両側は切り立った崖が続き、頭上の三日月もその光を届かせることは出来ない。


 しかし、

「隘路。死地なり。」

 奥歯を噛み締めて一言絞り出すと、美獣は闇夜の地峡に踏み入れた。

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