其ノ四 ― 花重く、坡東の旅
「坡州を獲れんじゃねえか?」
堕叉の一言で立ち上がった塊協半は、具体的に動き始める。
3ヶ月後の眞暦1806年4月、塊協半は根拠地の塢宜を出て、坡州東部へ視察に向かった。付き従うのは堕叉・土考・揆朋楓・塊案たちだが、途中で塊協半だけが寄り道をした。
堪比巷近郊の農村、堪假村に立ち寄ったもので、ここには塊協半の恋人が暮らしていたのである。
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4月8日。
農村には桃が咲き、春は間違いなく堪假村に訪れていた。
(だが)
塊協半の心はどこか晴れない。
陰鬱な曇天のせいか。冬を越えた小麦の実りが今ひとつであるせいか。
彼の太く硬い眉は寄って、眉間に深い皺を作り、一重の大きな眼は鋭い視線を村に向けている。
「協半ー!」
若い女性の声が耳に届き、彼の沈んだ表情がいっぺんに和らいだ。
手を振りながら妙齢の女性が走ってくる。
「診戀梓!」
塊協半は己れの恋人の名を呼び、その直後、診戀梓が塊協半の懐に飛び込んできた。
「あはは、相変わらず髯が硬い!」
診戀梓は白魚のような指で塊協半の硬い髯をジャラリとわし掴み、大きな口を目一杯広げて笑う。
「元気にしてるか?」
「まあね。半年ぶりくらい?培梅さんのところの傭兵はやめたんだろ?」
「ああ―」
若い男女は互いの近況報告を行う。塊協半の根城である塢宜の城から、ここ堪假村まで100km超あり、遠距離恋愛ではある。
塊協半は周りに人がいないのを確認し、
「堕叉たちと協力して、独自に兵を集めてる。」
声を落として、言う。
「本当かい!?」
しかし診戀梓はこれに弾けるように反応した。もし近くに村人がいたら、びっくりして飛び上がっただろう。
「いいじゃないか。培梅とか、壘渋とか。いやさ、まずは手始めに塘畳をぶちのめしてくれよ!」
穏やかじゃない発言だが、塊協半は「塘畳」という名前が気にかかった。塘畳とは坦陸で服飾問屋を営む富豪で、壘渋のもとに出入りする政商だが、坡州東部にいくつか直轄する私領を有しており、この堪假村もその一つであった。
診戀梓のぱっちりした黒目がちな眼が、今は鋭くなっている。
「塘畳の野郎、また税率を上げやがったんだ。」
(それでか。)
先ほど感じた違和感の原因はこれだったか。堪假村に活気が無く、影がさしているように感じたのだが、村にのしかかる重税が影響していたようである。
診戀梓は眦を吊り上げ、吐き捨てるように言う。
「培梅との戦さは慢性的な上に、穣界の乱れも加速してるじゃない?それで塘畳の奴がどさくさまぎれに増税しやがんのよ。」
診戀梓は地域を取り巻く情況をよく理解している。
彼女は村長の姪にあたり、勝気な性格も相まって、村長なぞよりも政治向きのことに敏感であり、若年ながらも村を取り仕切っていた。
この為、塊協半との会話も、恋人同士のそれからかけ離れたものになる。
「このあたりは、群雄の争奪の的だからな。溜め込んだ財産も、略奪に遭えば一晩で雲散霧消しちまう。」
「そ。だから、塘畳としちゃ、今のうちに絞れるだけ絞っとこう、ってんだろ。」
「そして俺もお前も、そういう論理に付き合ってたらいけねえんだ。政商・塘畳の富の論理、豪族・壘渋の延命の論理、州王・培梅の保身の論理、そして姚皇室や他の群雄が振りかざす覇道の論理。どの論理にも付き合う必要はねえ。」
「さっすがあたしの惚れた男だ!」
そうして、診戀梓はまた塊協半の胸に抱きついた。
「あんたが言った論理をさ、今集めている兵隊たちでぶち壊してくれ。そしてあたしら民衆の論理を貫き通してくれ。」
我が胸元から、満面の笑みで見上げる女が、たまらなく愛しく、塊協半はぎゅっ、と抱きしめる。
桃の花が咲く寒村に人通りはなく、抱き合う若い男女は長い時間抱きしめあっていた。
塊協半の剣の如く硬い髯が揺れて、ジャラリ、と音を立てたが、それを聞く村人もいなかった。
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堪假村に一晩泊まった塊協半は翌朝、東に向かい、坦陸を目指した。
坦陸は、坡州の東の端に位置する大城市である。
坡州と東隣の庇州の州境は墳上河という大きな川が成しているが、坦陸と墳上河は8km程度の距離である。
この坦陸と墳上河の間には墳翳丘陵というのが横たわっており、墳上河が氾濫しても、坦陸には影響がない。なお、穣河もまた暴れ川であるが、この大河は坦陸の40km北方を東流しており、やはり影響はない。唯一坦水という川が流れているが、大変おとなしい細流で、あまりに穏やかなために坦陸の城内に取り入れられている程である。
坦陸は、この坦水が削り開いた坦蔵平原という平地に建っている。平地の東は墳翳丘陵、西にもまた龍の背の如く丘が波打ち、こちらは売士丘陵と呼ばれる。丘も、平野も皆、他の穣河流域と同様、黄土によって形造られている。
要地にあり、また墳上河や坦水の水運も使えるため、流通の拠点であった。特に石材、材木といった建築資材や、兵器、服飾、家具等は斐界有数の商家が幾つもあった。上述の塘畳が営む店舗もその内の一つである。
丸ニ日歩き、塊協半はようやく坦水の流域に足を踏み入れた。日はだいぶ傾いている。坦水に沿って南下するが、右手に見える売士丘陵が気になった。灌木が生い茂り、丘が幾重にも重なって地形が入り組んでいるようだ。坦陸に程近い平地には、小さな町や村が点在し、また赤處山や皺馬丘という小山も盛り上がっていたが、塊協半はこれらにはまったく興味が無く、ちらちらと西方ばかり見ていた。
坦陸に着く。
正方形の城市で、一辺が400mある巨城である。北側の北平門も大きいが、塊協半は南に回り込んで正門である坦下門の前に立ち、
「でかい。」
と唸った。
戦時に効果を発揮する半円の甕城が城壁から大きく張り出し、重厚なる複層構造を成している。
今は平時であるから門扉は二つとも開け放たれており、城民や商人、近郊の農夫などが頻々と出入りしていた。
塊協半は坦下門をくぐって入城し、坦下大路を北に向かって歩く。まず目を奪われるのは、北西の方向に立つ塔である。十黄旗塔と呼ばれ、城内の殆どの場所から見える坦陸の象徴である。
やがて迎坦門広場が見えてくる。この辺りは目抜き通りであり、行き交う人で大変な混雑である。迎坦門広場は多くの祭典や催しが開かれる場で、この城市で最も賑わう場所だ。コの字型の迎坦門に三方を囲われ、よく城主の壘渋がお出ましになる北側の門楼が破風を反らせて壮麗である。言うまでもなくこの迎坦門は、市街戦になった際に攻城軍を食い止めるための防御線である。
塊協半は迎坦門の西門をくぐると、坦帖西路の大路を行く。鉤状の角を曲がるとあとは100m程一直線で城主府に到達する。つまりこの城は、迎坦門を突破されると、一気に中枢部まで襲われてしまう造りな訳だが、塊協半は城主府までは行かず、途中で左折した。
いよいよ十黄旗塔が大きく見えてくる。赤茶の塔身が高く天に伸び、頂上部に鮮やかな黄の大旗が十本、上空の風にはためいていた。市街地はいつしか緑林に変わる。
「坦椿園」という庭園である。
先ほど言ったように坦陸は坦水という河川を城内に取り込んでおり、西の大水門から入って北の北水門から抜け、丁度城の北西の角を折欠くような流路だったが、坦椿園はその坦水の東側に広がっていた。
(これは金糸梅か、しかしまだ咲いてないな)などと思いながら歩いていくと、
「おおい、褐剣髯!」
と呼び止められる。
堕叉であった。
後ろには土考、揆朋楓、塊案が並び、その背後に十黄旗塔が聳えている。
「もう一泊してくれば良かったに。」
「なにい?俺が約束を違えたことがあったか?」
塊協半は、剣の如き髯をジャラリと鳴らして、堕叉を睨んだ。
4月10日の夕刻、十黄旗塔の前で待合せという約束であった。
堕叉たちは先遣として今日一日、坦陸城内と周辺地域を視察していた。この日は、皆安宿に泊まり、翌11日に要地のみを塊協半に案内した。
坦陸城内をめぐり、西街区の坦彩街を歩いた際、塊協半は、
「いけ好かねえ通りだな。」
幅広の鼻を膨らませ、
「服飾問屋街よ。店の奥を見てみろ、ぶくぶく太ってやがら。」
堕叉が大きな声で言う。
土考は巨体を揺らして笑い、塊案は肩をすくめて怯えた。
ふと塊協半が大店の前で足を止めた。店の看板に「塘」の字が刻まれている。
(これがあの塘畳の店なのか。)
塊協半は店先に唾を吐いた。
前日に、堕叉は迎坦門を、揆朋楓は城主府を、それぞれ調べていた。「城主府は中講堂とか、洗王殿とか中枢区域の警戒が厳しくて分からんからさ、運程跌に偵察するよう頼んである」等と言いながら、この日は塊協半に解説しながら歩いた。
塊協半が売士丘陵の視察を主張し、一行は北平門から出、門外の馬丁に金を渡して乗せてもらう。北西へ7〜8kmの距離を駆けると丘陵地帯が近づいてくる。黄土の丘であるが、灌木が生い茂り黄色い地肌は見えない。馬丁を返し、獣道を伝っていく。標高は低いものの、起伏に富んでおり、普段も人の立ち入りは殆ど無いようだった。3kmほど進むと急に視界が開けた。
「ここ、いいじゃねえか。」
塊協半は髯をジャラリと鳴らして歓声をあげた。
そこは丘に囲まれた窪地で、概ね100m四方の広さがあった。窪地の向こうにはまた獣道が口を開けていて、丘陵地帯の反対側に抜けられそうである。
揆朋楓は大きな身体を揺らして、
「いい、って何がいいのさ。森の中をさんざ歩かされて、目的地に着いたと思ったらなんだい、山奥のただの空き地じゃないか。」
足をさすりながら口を尖らせている。
塊協半は揆朋楓の非難を無視してしばらく谷の中を見て回り、「よおし、いいとこだ!」と喚くと、平たい顎をしゃくって、「谷を出るぞ」と一行に指示する。
堕叉などはニヤついているが、揆朋楓は不機嫌で、わざとらしくふくらはぎをさすりつつ、またもと来た獣道に分け入っていく。
一行は再び坦陸に泊まり、翌日は東の墳翳丘陵を視察する。丘陵を東西に横断する地峡があり、ここを通れば、丘を登り降りしなくても墳上河に着く。
ここには、堕叉が興味を持った。「こりゃ、死地だな。崖上から射下ろされたら、全滅だぜ。なあ」
と興奮しつつも、青白い顔はいよいよ青みを増し、
「土考?」
と、土考に向けて残酷に笑った。
問いかけられた土考は、鎧の如き筋肉をまとった178cmの身体を震わせて、
「だな。」
とだけ、言った。
その後、一行は再び丹蔵平原に戻ると、村人から東の地峡「址細径」という地名を聞く。堕叉は「気になるな。後で俺一人でももう一度見てくるわ。」と興味を示した。一方、塊協半は反対の西方を指差し、「あの売士丘陵を越えれば、圭粒や堪比巷に早く行けるかい?」と聞いた。村人は「あの山は駄目だ、虎が出る。丹蔵平原に住む者は、昔からあの山には近づかねえ。途中に売士谷って窪地があって、穎朝の時代には人が住んでたらしいが、この頃はそこも無人だ。」そう言って身震いした。塊協半は「ありがとうよ。」と笑ったが、心の底から嬉しそうにしていた。
そして彼らは坦陸を去り、故郷塢宜への帰路についたのだが、途中、坦蔵平原の真っ只中で坦陸軍の行軍に行きあう。
その部隊は北から来たのだが、
「あれが『一字閃』坤斧か。」
と、堕叉が言ったきり、路傍に跪いた一同は絶句したまま、これを見送った。
部隊の先頭を行く騎馬の将軍が、その坤斧である。上背は2m近いという噂は聞いていたが、下から見上げるとそれ以上に感じ、大馬に跨がり、茫漠とした黄土平原が彼の威風でしん、と静まり返っている。
(この男こそ、壘渋をいまだ坡東に存立せしめる驍勇。)
塊協半は太く硬い眉を波打たせて、心中に呟く。
坤斧の直後に三人の武将が騎乗し、これは「圭粒参虎」と言われる坪蓋往、坪欽、欄三秀の各将と思われ、坤斧程ではないがいずれもまごう事なき豪傑ぶりである。その後に500はいたか、坤斧隊の精鋭が整然と続き、坦陸へ帰城すべく軍靴の音高く、堂々たる行軍であった。彼らは坦陸を根城とする豪族、壘渋の屋台骨であり、さすがと頷かせる軍団であった。
黄土に跪いてこれを見送った塊協半一行の反応は、様々である。
塊案は坤斧軍の威圧に怯え、震えている。揆朋楓は坤斧から最後の一兵まで、瞬きもせずに睨み続けた。堕叉は皮肉を交えた笑みを浮かべ、見るともなく見ている。土考は坤斧の姿を目に焼き付けたあとは、その細い狐目で大地の一点を見つめている。そして塊協半は値踏みをする如く、ひたすらその太く硬い眉を波打たせて観察していた。
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坦陸周辺図
坦陸城内外図




