第四話
「おお!白の狼煙だ!」
坦陸城内の望楼で、謫徒は狂喜した。
23時25分。
北東方向の夜空に、凶々しい程くっきりとした白煙が立ち昇っていた。
「優美な白竜が昇天するかのようだ。塊協半め、やってくれたな。」
位置からして皺馬丘から上がっている。ということは、
「美獣の本営を叩いたのか?まさか12万連合軍の司令部を陥したのか?」
謫徒ならざる共、興奮せざるを得ない事態である。そして程なく、狼煙の同処から、遠目にも分かるほど盛大に火炎が吹き上がり、
「はっはは!皺馬丘は陥落した。美獣め、この謫徒の遠大な軍略に嵌まって12万の本営を丸焼きにされよった!」
謫徒はさらさらした前髪を掻きあげ、いよいよ喜色満面であった。
明日にも坦陸を屠る筈だった連合軍が、俄かに火計で焼け出されたのだから、喜ぶのも当然である。
「壘渋様にお知らせだ!」
謫徒は、長袍の裾をはためかせて、望楼を駆け下りていった。
北東の火炎は、三日月の光をかき消すように夜空を豪快に焦がしていた。
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23時30分。
「ひゃはは!熱い、熱い。背中が焼けるわ。」
揆朋楓は178cmの上背で風を切りながら、皺馬丘の北側斜面を駆け下っていく。攻め上った道を、今下り戻っているのである。
「ほらほらお前ら、連合軍をとっちめる為に放った火に自分も焼かれちまうよ。」
「そうよ。もっと、それ。走れ走れ!」
揆朋楓の横を、懸厘が小さな鞠が弾むが如く伴走しつつ、荒くれどもにはっぱをかけている。
「う、うるせえ。あちち。」
「てめえら女に言われなくたって走るわい。俺は男だぞ!あっつつ!」
燃料貯蔵場は頂上より少し下ったところにあった為、灯油の流れ出る方向に添い、炎も南麓に向けて広がったが、燃料が大量だった為、丘の北側もかなり延焼していた。塊協半の奇襲団は火傷を負う者もいたが、大部分は焼死せずに丘の北麓に生還した。
揆朋楓が、北麓の平原に下り立った時、彼女と同じ上背の巨漢が待っていた。
「土考!」
彼女は相好を崩し、
「うふふ!やってやったよ!」
と、右手を振りかざした。土考もそれに応じて右手を上げ、
「見事な火計だ。」
二人は頭上にパァン、と掌を打ち合わせた。
土考の隊200は北麓に後詰し、奇襲団に何かあった際の待機をしていたのである。
火炎は今や、皺馬丘全体を包み、命からがら丘から帰還した300名弱は、壮絶なる猛火を呆然と見上げていた。
土考は笑う。
「ぼさっ、としてねえで、てめえらすぐに南麓へ迂回しやがれ。」
「くく。人使いの荒い男だぜ。」
そこへ塊協半が髯をジャラジャラ鳴らしながら現れた。
「任せろ、土考。俺ら300で南の因州軍、大渤軍に突っ込んで、址細径にちゃんと追い立てるからよ。」
土考は頭目たる塊協半に、
「頼むぜ、お頭。俺と閂滔登の200は址細径で待っている。」
そう言って後ろを振り返った。
そこには閂滔登が立っている。短躯で痩せているが、土考の視線を受け止め、その灰色がかった瞳は強い。閂滔登もまた振り返り、そこには址細径襲撃の任を負う200人がいる。
「野郎ども、博打に行くぞ!」
彼らは閂滔登の号令一下、一斉に東へ向けて動き始めた。
塊協半はこの時既に土考隊に背を向けている。
「本体は皺馬丘を西回りに迂回し、南麓から渤軍陣地をかき回す!」
塊協半が号令をかけて軽やかに鞍上に跨ると、堕叉は
「そうだあ!まだまだ俺たちの夜はこれからだぜぇ!」
と、火計を成功させたばかりの300人の尻を叩くように、追い立てた。
轟々と燃える皺馬丘を左手に見ながら、塊協半の本隊は西に向かった。
連合軍12万の背中を襲う為に。




