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東狩獲城  〜『斐界群史』詳伝  作者: 適当館 剛
第伍章  一字閃亡霊、闇夜を火炎にて焦がす
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第参話

「いいね、燃料がこんなに沢山。派手に火ぃつけてやろうよ!」

 灯油の貯蔵場に立つ揆朋楓は満面の笑みだ。膨大な数の甕が積み上げてあり、連合軍が火計を準備していたことが分かる。

 揆朋楓の脇に立つ塊案は口を尖らせ、

「派手もいいけどさ。これだけの量に火をつけるなら味方も距離を取っておかないと、一緒に焼かれてしまうよ。」

 と、もっともなことを言う。

「分かってるよ、そんなこと。遠巻きにしてあたしが火矢を放つ。そしたら因州兵もびっくりして南麓に向けて敗走する、私らは北麓に向けて丘を降りるんだ。」

「そう、奔流のようにな!」

 いつの間にか塊案の反対側に堕叉も立っていた。ひょろりとした上背が月光の下に化け物じみて見える。

「奴等、だいぶ困惑してるが、ここで火を放てば、いつもは冷静沈着な因州王美獣様までもが取り乱しなさる、ってえ寸法さ。」

「分かってるってば。」

「だが」

 堕叉は直線的な鼻に陰影をつけて、揆朋楓に顔を近づけた。

「忘れんなよ、揆朋楓。狼煙が先だからな。」

「あ、そうか。そっちが先だったね。」

 揆朋楓が大きな口から真っ赤な舌をぺろりと出すと、堕叉が近くの荒くれたちに矢継ぎ早に指示を出し始めた。揆朋楓も声を枯らして奇襲団の立ち位置を再配置する。


「よし、点火しろ。」

 堕叉が命じると、地に置かれた筒から白い煙が夜空に向かって勢い良く立ち昇った。

「謫徒の兄さん、見逃しなさんなよ。」

 揆朋楓は呟く堕叉の横顔を見守っていたが、暫くして堕叉が目配せすると、

「よおし、こっちも火ぃつけるよ。」

 と言って火矢をつがえた。


――――――――――――――――――――


「この本営に夜襲か、小癪な。」

「我らの近衛兵も混乱の極みです。」

 美獣・美萊峩兄弟は営所から出て、右往左往する自軍に歯噛みしていた。吐紹握は様子を探りに飛び出して行ったが、この情況ではまともな報告は聞けまい。

「大した数ではない筈です。動ける兵で迎撃しましょう。」

 美萊峩は冷静に振る舞っているが、額から汗を流し、ひどく緊迫しているのが兄である美獣には分かった。


 その瞬間。

「ぬっ!」

 美獣は咄嗟に剣を払った。真っ二つになった矢が足元に落ち、矢先には火がついている。

 途端に、ドン、と地が揺れ、背後に巨大な火柱が立った。

「あの火勢は。嗚呼、燃料に火をつけられましたか。」

 美萊峩が絶望的で、しかしかえって冷静に呟いた。


「撤退だ。」

 美獣もまた、逆にひどく沈着な声音である。

(我が本営の皺馬丘台上まで夜襲を仕掛け、貯蔵する油に火をつける。絶対勝利の総攻撃直前のこの機を狙った大胆な策。今、坦陸にいる将では実行不可、小心者の培梅ではこんなことを考えつかぬし、尼竺は戦闘中でこちらに出張ることは出来ぬ。となれば、この見事な手際、坤斧しかおらん。)

 美萊峩が近衛兵に丘を降りる指示をしているのをぼんやり聞きながら、美獣は考えていた。

(いや。)

 唇を噛み締め、そこらの雑兵と同じように、我先に丘を駆け下り始めた。

(生きていたらとっくに城に入り、欄三秀等と力を合わせていた筈だ。)

 背後で燃えさかる灼熱の火炎は急速に皺馬丘を焼き、美獣軍を呑み込んでいく。美獣は迫りくる火にジリジリと背中を焼かれながら、まとまらぬ思考をぐるぐると続け、急坂を駆け下りていった。


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