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東狩獲城  〜『斐界群史』詳伝  作者: 適当館 剛
第伍章  一字閃亡霊、闇夜を火炎にて焦がす
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第弐話

「坤斧だ!坤斧が襲ってきた!」


 血塗れになった啓懲鞍隊の兵卒が北から丘を上がってきて、口々に叫んでいる。

「馬鹿な。奴は死んだ筈。もし生きておれば、坦陸がこんなになる迄放って置く筈があるまい。」

 それに対して正論で対処しているのは磐周挿(ばんしゅうそう)である。

 背は低いが、逞ましい上腕と太腿、太い眉に威風がある。明日に備えて就寝していたが、北側の騒ぎを聞いて跳ね起き、青塗りの甲冑を手早く着込み、抜身を右手に宿営から飛び出てきたのである。

 今回の戦役で彼は3,000の兵を率いているが、明日の総攻撃に備え、この内1,000は先に丘の南へ下ろしてあった。残った2,000は美獣本営の護衛とともに、明日の総攻撃の支度を手伝い、それも早々に終わり、全員就寝していた。北側に啓懲鞍隊もいるし、安心して熟睡できる。

 そんな磐周挿隊の兵卒たちはあくびをしながら、啓懲鞍隊の敗兵が訴えるのを聞いている。

「本当だ。身の丈2mを超える坤斧が、北から殴り込んできた。」

「さすが『一字閃』配下の精鋭、我ら啓懲鞍隊2,000が一瞬で切り崩された。」

「数はそれ程多くはないが4,000は下るまい。」

「啓懲鞍様も坤斧に背中を割られて、討死された。」

「静まれい!」

 そこへ磐周挿が割り込んだ。

「おおかた、壘渋が最後っ屁で手薄な北側から突っ込んできただけだ。これからわしが撃退し、啓懲鞍殿の仇をとってやる。我が連合軍12万の前に蟷螂の斧にもならぬ半端な夜襲よ!」

「ぐはは!それにしては強いだろう」


 その刹那、磐周挿は右から殺気を感じ、咄嗟に抜身を掲げると、そこに強烈な剣撃が襲い、

 ガアン

と、衝撃が手を痺れさせた。

「ぐっ」

 磐周挿は剣を取り落としそうになるのを必死に堪えた。

 眼前には丸っこい恰幅の良い豪傑が立っている。幅広な鼻、闇の中でも光沢がある褐色の髯。この物語を読んできた我々は塊協半だと分かるが、因州王府の部将たる磐周挿が一介の野盗ずれを知っている筈がない。

 だが、一介の野盗ずれ、ということだけは、磐周挿には分かる。所々ほつれたオンボロの革鎧を纏っているが、どの軍にもこんな粗末な装備の将兵はいない。

(壘渋軍では無いのか?)

 周囲を見渡すと、塊協半よりももっとみすぼらしい身なりの荒くれどもが、因州王府の正規兵を其処彼処(かしこ)でなで斬りにしていた。


「坤斧は生きていて、お前らをぶっ殺しに帰ってきた。手下どもや連合軍の同僚達にも伝えてやんな。」

 塊協半は揆朋楓の作戦に乗って出まかせを言い放った。そしてついでのように自分も名乗った。

「ちなみに俺は塊協半。『褐剣髯』て呼ばれて」

「失せろ!」

 磐周挿は塊協半の名乗りの途中で剣を繰り出した。しかし頭は混乱し、剣を合わせながら思いに沈む。


 なぜ、野盗ずれがこの因州王美獣の本営がある皺馬丘の、しかも頂上近くまで攻め上って来ているのだ?    

 まさか―

本当に坤斧が生存していて、流浪の間に野盗どもを味方につけ、坦陸の危急に駆けつけた?

 いや―

やはり、坦陸が、壘渋がこれほど追い込まれるまで放って置く筈がない、生きていればすぐ帰城して欄三秀と力を合わせていただろう―


「何を考えている。よく見な、てめえの手下達は皆んなコマ肉になったか、逃げ出してるぜ!」

 塊協半に怒鳴られて、我に返った磐周挿は横目で周囲を見渡した。まばらに点く篝火の灯りのもと、自軍が壊滅しつつあるのが分かった。

「分かったか!我らは強いだろう!」

 磐周挿が脇見して生じた一瞬の隙を、塊協半は突いた。先ほど同様剣を振り上げ防御を図ったが、今度の突きはひどく強力であったため、磐周挿の刀は、

 ガアン

 と弾け飛んだ。

 塊協半は、手ぶらになった磐周挿に容赦なく、再度の突きを繰り出し、咄嗟に磐周挿は己れの顔を左腕で防御したが、剣はその肘に突き刺さった。

「ぐああ!」

 丸太の如く太い磐周挿の左肘を、豆腐か何かのようにいとも簡単に貫通した。塊協半は即、引き抜くと、

「さあ、坤斧の復活を連合軍に触れ回れ。」

 と言って尻を蹴った。磐周挿は血飛沫をあげる左手を抑えて(つまず)きながら遁走(とんそう)する。

(何だ。何が起こっている?)


――――――――――――――――――――


 23時15分。


「何だ。何の騒ぎだ。」

 美獣と美萊峩が席を立った時、すでに塊協半の奇襲団は本営近くに攻め込んでいた。

 皺馬丘北麓から攻め上って、僅か15分である。現在、穣界最強と言われる美獣軍だが、この情報は州王に報告出来ていない。守備隊の啓懲鞍、磐周挿が揃って壊滅し、聯絡(れんらく)系統も断絶していた。


 啓懲鞍・磐周挿両軍の敗残兵は、『一字閃』坤斧への恐怖を絶叫しつつ、皺馬丘頂上に控えていた美獣や美萊峩の直属兵を蹴散らし、南麓に向けて雪崩を打って逃げ降りていく。こうして、州王兄弟の本陣も揉みくちゃになり、混乱や恐怖が早くも皺馬丘全体に伝染し始めている。


――――――――――――――――――――


 揆朋楓はもう、堙撞殃を降ろし、一人で歩いている。そして、大混乱の中、警備が手薄になった皺馬丘の灯油貯蔵場に立つ。丘の頂上より、少し南側に降りた位置にあった。


 23時20分。


「見ぃつけた。」

 肉感的な大きな口が、裂けるように笑った。

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