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東狩獲城  〜『斐界群史』詳伝  作者: 適当館 剛
第四章  狩猟が為、馘る
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第四話

 三日月の下、売士谷では塊協半が主だった者を集めていた。

「今夜いよいよ突っ込むぞ。」

 ボロ布で出来た幔幕の中で告げる。それに対し、うんざりした顔で壜係重(どんけいじゅう)が異を唱えようとした。

「何度も言ってるだろう、褐剣髯。援軍はどうしたん…」

「壜係重、その心配はもう要らんぞ!」

 壜係重の言葉が終わらぬうちに幔幕が(まく)られ、誰かが飛び込んできた。塊協半はこの突然の闖入者(ちんにゅうしゃ)を予期していたらしく、ジャラリと髯を揺らして快心の微笑を浮かべた。

「土考、坂外窟の閂滔登一党100名とともに売士谷に到着!」

 闖入者は、土考と閂滔登の二人だった。

「よくぞ来てくれた、閂滔登っ」

 塊協半は弾かれたように駆け寄り、閂滔登の手を握った。そして土考の鎧の如く盛り上がった肩の筋肉をバシバシ叩き、

「でかしたぞ、土考!」

と、(ねぎら)った。堕叉や揆朋楓、塊案(かいあん)も走り寄って、土考と閂滔登を笑顔で迎え入れる。壜係重は出っ歯を剥き出して、呆然としていた。

 塊協半は幅広な鼻を膨らませ、命じた。

「よおし、堕叉。今夜の策を披露してやれ。」

「待ってました。」

 指名された堕叉はひょろりとした長身を躍らせ、一同の前に立った。

「閂滔登が合流してくれたお陰で、成功の公算が高まったぜ。まず連合軍は明朝6時に坦陸に総攻撃する。これでとどめを刺そうって訳だ。」

「おお!」

 土考は細い眼を見開いて昂奮したが、堕叉はニヤつきながら嗜めた。

「他言禁止だぞ、土考。」

「おうおう、わかった。大きい声を出して済まねえな。で、連合軍は早朝の総攻撃に備えて今夜はぐっすり寝るんだな。」

「御明察。『黄焔弓虎』欄三秀が死んだ今、城方には夜襲を仕掛けられる将は残ってない。それに今夜は三日月だ。」

「明るい夜に、奇襲は無さそうだよねえ。」

 今度は揆朋楓が、猛禽の如きギョロ眼を動かしながら言葉を繋いだ。

「そうだ。だが、さすがに油断するような奴等じゃねえから、渤軍陣地も、因州軍の皺馬丘も南方には多少は意識を向けるよなあ。そして逆の北方はガラ空きだ。」

 そこからは、昨日塊協半と語った皺馬丘への火計と址細径での殲滅策、坦陸への入城策をまくしたてた。

 揆朋楓なぞは、

「上策!上策!これで獲ったようなもんじゃない」と爆笑し、

「あたしは2日前に『黄焔弓虎』の突撃を見たけどね、たった100人で、充分準備していた渤軍3万を大混乱に陥れたんだ。あたしたちは5倍の兵、しかも連合軍は無警戒。ほぼほぼ勝ちよ。」

 と浮かれているが、壜係重は出っ歯を前方に突き出して、

「うまく行くわけがない、12万の兵は我らが寡兵であるとすぐに気づくはずだ」

 と、下を向いてぶつぶつ言っていた。その脇で螂廈(ろうか)は広い額に無数の皺を寄せて、堕叉の策に聞き入り、頭の中で反芻(はんすう)しているようだった。


 幔幕内の異様な殺気を、外の敏感な幾人かが察していた。呆けた巨漢、堙撞殃(いんどうおう)もその内の一人だが、

「やっと坦陸に入れるのかあ?略奪はダメだって言われたけどうまい飯が食えるのかなあ?」

 と、端からは鈍感にしか見えない。


 いずれにせよ、幔幕の中の殺気は、外の連中に伝染し、売士谷全体がいよいよ、冷たい初夏の三日月の下に熱気を孕み始めた。


――――――――――――――――――――


 20時。

 連合軍の軍議が終了した。諸将は明るい雰囲気で皺馬丘の斜面を降っていく。ようやく当戦役の終局を迎えようとしているのだから、無理はない。


 しかし、その様子を灌木の後ろから見ていた回酩(かいめい)が、

「何だか胸騒ぎするよ。」

 と呟いた。欠けた八重歯が牙のように鋭く尖り、月光を反射している。傍らに控えていた吐紹握(としょうあく)は、

「そうですか。なんで?」

 と、頭頂で縛った長い黒髪を振り振り、聞き返す。上司の懸念に同感出来ない様子である。そんな吐紹握を、回酩は訳も告げずに誘う。

「北の方角が何だかあやしいよ。お前も来ないかい?」

「いや、明日早朝から総攻撃だっていうのに、あたし達が両方ここを外したらダメでしょ。」

 吐紹握は殷紅の唇をペロリと舐めながら、正論を吐く。対して回酩は、

「まあ、そうね。じゃ、あたし一人で行くわ。あたしは諜者の勘に逆らえなくてね。」

 部下の拒絶をさして気にしてないようで、次の瞬間にはそこから消えていた。

 残された吐紹握は、

(言う通り、確かに北が危ない気がするわ。)

 執拗に殷紅の唇を舐めまわしながら、想いに沈んでいく。

(北方に殺気を感じるんだよね。でも、壘渋軍じゃないし、培梅の手の者でもなし、ましてうちら連合軍とも違う。もっと別、今まで感じたことのない別の奴の殺気なんだよね。)

 あんまり舐めたので、今度は吐紹握の唇が三日月を反射した。

(でもあの女が一人で偵察に出張って、その殺気の主に殺されるんなら―)

 そう思ってからふと舌を引っ込め、回酩が降っていった坂を恐る恐る確認し、当然ながらそこにはもう回酩の姿はないが、安堵したのか、ほう、と溜息をついた。

(そりゃ、その方がいいよね。)

 そして吐紹握の殷紅の唇に、残虐な微笑みが浮かんだ。


――――――――――――――――――――


「ふわああ」

 啓懲鞍(けいちょうあん)は大あくびしている。


 長い軍議が終わり、皺馬丘北側斜面の削平地に陣取る自隊に戻った彼は床几(しょうぎ)に座ったまま、側近の問いに面倒そうに答えている。

「なに、軍議の中身ぃ?大した内容じゃなかったが― おう、ほれ。見てみろ。」

 陣地の北は急斜面で、灌木の群生の向こうに丘の麓を見下ろすことが出来、日が沈んだ現在でも、多くの篝火をうかがえた。篝火は一度丘の北麓に移動していていた斐色矜(ひしょくきょう)の手勢が掲げているものである。側近が口を尖らせた。

「斐色矜様も忙しいですね。先程お手勢を北麓に回したばかりなのに、また移動ですか。」

「ああ。軍議中、丘を警備する為に困士甜の指示で北麓へ兵を動かしたが、軍議も終わったのでまた南に戻るんだと。」

「さすがにもう今夜は、動かさないでしょうか。」

「ああ。斐色矜隊は荷物を南麓に置いてあるしな、さすがに今夜はもう動かさないだろう。ゆっくり寝かせてやる筈だ。」

「つまり欄三秀が死んだ今となっては、今夜の北側警備は我らだけで充分ということですね。」

「充分も何も、今夜こちら側を壘渋が襲う確率は皆無に等しい。いいか、俺は墸竟を討ち取るという大功を挙げたのだ。」

「なるほど、では本営のご意向としては、最後の略奪までは休んでいてよろしい、と。」

「左様、左様。貴様が知りたかった軍議の内容はそんなところだ」

 ふああ、と、大あくびする啓懲鞍に側近はまだ話かけている。

「ただ欄三秀は首を獲りましたが、坤斧は生死不明のままですよね。結局遺体は見つからないのでしょうか。」

 啓懲鞍はその問いに応えない。床机に座ったまま、寝てしまったからである。


――――――――――――――――――――


(良かった。退いてくれるか。)

 運程跌は夜の黄土に腹這いになって、皺馬丘北麓を偵察している。

 南麓から移動してきた斐色矜軍が、再び動いたのである。松明を持った一部隊が一斉行動する様に、運程跌は気圧されると同時に、安堵した。

(斐色矜の奴が南から回ってきた時はお頭に何て言おうかと思ったが。助かったわ。)

 さすが斐色矜の調練が行き届いた部隊である。静かにしかも素早く移動していく。

 運程跌もまた静かに立ち上がり、疾風のようにその場を立ち去った。韋駄天は程なく、売士谷の塊協半の前にその姿を現わしている。

「はあ、皺馬丘北側の警備は、はあ、削平地に陣取る啓懲鞍隊のみ。」

 皺馬丘から売士谷まで10km程あるが、この諜者は全速力で駆け、最重要事項を伝達した。かたや塊協半は、その幅広の鼻を膨らませて顔を運程跌に寄せ、昂奮の熱い息を轟々と吹きかける。

「啓懲鞍。國朶鎮で姉を見殺しにして敵前逃亡し、先日坦陸の墸竟を討ち取った奴だな。」

「はあ、彼奴、調子に乗ってますぜ。」

「うぉし!」

 塊協半は運程跌を抱き締め、その剣のように硬い髯が運程跌の顔に刺さって、諜者は顔をしかめた。


 運程跌が去った後、塊協半は所々ほつれた粗末な革鎧を手早く纏い、咳払いをひとつして、外を睨んだ。

 時刻は21時を回ろうとしている。

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