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東狩獲城  〜『斐界群史』詳伝  作者: 適当館 剛
第四章  狩猟が為、馘る
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第壱話

「再度の総攻撃ですか。」


 6月20日12時。皺馬丘(しゅうばきゅう)の本営で、渤因の首脳が額を突き合わせて軍議中である。

 大渤(だいぼつ)龍牙の号炸蹉蹉(ゴウサクササ)は、美獣(びじゅう)の決断を聞いて嬉しげである。

「今度こそあの城にとどめを刺したいですな。して、明日の何時に?」

「朝6時の開戦を予定。」

「諒解しました。全軍いつでも行ける準備はしてまする。」

「号炸龍牙。」

 美獣ではない。「青光麗弟(せいこうれいてい)美萊峩(びらいが)が横から口を挟んだのである。周りを見回し、囁く。

「くれぐれも他言禁止でお願い致す。特に(しん)州には」

「ほう。」


 さしもの号炸蹉蹉もその蕾のような口を更に小さくすぼませ、一瞬絶句した。

 だがそれは刹那のことで、すぐに切れ長の細い眼を更に薄めて笑い、

「承知致した。」

美獣・美萊峩兄弟の顔を順番に探る。

「しかし、(いん)州の御兄弟は本当に恐ろしい。」


 号炸蹉蹉は立ち上がり、勢い良く幔幕を開けて出る。外はまだ陰鬱に曇っている。


――――――――――――――――――――


 13時。


 曇天の下、坦陸(たんりく)城外の黄土を連合軍が整然と埋め尽くしているのが見下ろせる。壘渋(るいじゅう)側の戦闘員はもはや1万を切っているだろう。


「程なく坦陸は落ちますな。」


 税命(ぜいめい)は城壁を遠望しながら、笑っていた。

 秦州軍は坦陸城から東に5kmほど離れた岩山、赤處山(せきしょさん)を中心に陣取っている。此度の戦役で秦州軍の役割は後詰であり、坦陸北東の起伏ある地帯に控えていたのである。渤軍、因州軍は、城と秦州軍の間に駐屯している。渤軍はもっとも城に近い平地に、因州軍はその北東3kmの丘陵である皺馬丘に、それぞれ展開していた。


 州王の穂泉煎(すいせんせん)は神経質に口ひげを整えながら、税命の発言に応じた。

「当たり前だ。秦渤因がこれ程の大軍で包囲しとるのだ。それよりも、その後、わが秦州がどうなるかの方が問題よ。」


 目の下のクマが、一層青黒さを増している。税命はあわてて笑いを引っ込め、太い眉根を寄せた。


(確かに。あの椅子を造らされて8箇月、我が穂家は、秦州は、どんどん呑み込まれている。)


 誰に呑まれているかといえば、因州王・美獣をおいて他に無い。齢56の秦州王・穂泉煎にとって、この8箇月の心労は激烈であった。


「それは。あ、しかし、佑聯(ゆうれん)様がいる限り大丈夫でしょう。」

「ふん。どうだか。今頃、州王座に座って遊んどるのではないか。」


 これはいよいよ笑い事ではないな。


 税命は咄嗟に周りを見渡した。幸い数人の近衛しかいなかった。


「穂泉煎様。声をお落としください。」

「む。すまぬ。そうじゃな。」

「しかし、ま。お(きさき)にはその様な兆候が見られますか。」

 そう問うと、穂泉煎は自嘲気味に笑った。

「情けないのう。美人で若い妃を貰ったと浮かれていた自分が恥ずかしいわ。やはり美獣の妹よ。寝室に刺客を引き込んだも同然だ。」


 気づかなかった。


 斐界随一の名家であり、家史の長さは皇帝家をはるかに凌駕する因州王美家。昨年11月に佑聯が穂家へ嫁いで来た時、その姫君にしては腰が低く、家柄を鼻にかけないしとやかな態度が、意外性の反動もあって秦州では歓迎されたものである。


 美獣が穂泉煎の王座の後ろに自分の座席を造らせた際も、新妻は心を砕き、穂家家中で丁寧に兄の行動について説明した。

 この11月に美獣は因州王に就いたばかりだったが、同じ州王の、いや在位歴では段違いに長い秦州王・穂泉煎を組み敷き、監視も始めたのである。


(州王の御心如何ばかりか。)


 自尊心を折られ、軍役に曳き廻され、8箇月で穂泉煎の目の下のクマは倍化した。


(しかし。)


 5km先の孤城、曇天下の坦陸を見ると別の思いも浮かぶ。こっちで良かった、という感情である。これからあの城は、我が連合軍12万に蹂躙されるであろう。もし自分が籠城側だったら?と、考えるだけで総毛立つ。


 美獣や大渤帝国にくっついていれば、この先も安心なのではないか。

 となれば、州王には少々の屈辱は我慢して貰ったが良い。


「この戦いはいつまで続くのかのう。」


 すぐにも落城しそうな坦陸の城郭を見やりながら、穂泉煎が小さく呟く。目の下はいよいよどす黒く、税命は堪らず目を逸らした。


「うーん。さすがにここからは十黄旗塔(じっこうきとう)は見えませんな。」


 税命は、主君の言葉が聞こえない振りをした。


――――――――――――――――――――


 同時刻、皺馬丘の南麓。

 ここにはごろごろと大小の岩が転がっており、その影に運程跌(うんていてつ)が潜んでいた。南麓の平原には因州軍の諸隊がそこここに宿営しているが、この諜者の存在に気付いているものはいない。

「えっ、総攻撃ですって?」

 そして運程跌の耳は大渤閣僚の会話を捉えた。

夕路尾綬(セキロビジュ)め、でかい声出しやがって。助かるじゃねえか。)

 くっく、と物陰で笑いを忍ばせる。


 皺馬丘を下って来た二騎は号炸蹉蹉と、因州都相代の夕路尾綬、どちらも針のように細い眼を瞬かせている。

「しっ、声が高い!」

 蕾のように小さな口に人差し指を当てて、号炸蹉蹉が嗜める。

(す、すみません。)

(いかんぞ。因州王家から絶対秘匿と厳命されておる。)

 二人は鞍を寄せて急に声を落としたが、声の波長を捉えた運程跌に最早隠し通すことはできない。ただ、まさか岩陰に諜者が隠れているとは気付く筈はないから仕方なかろう。

(明日だ。朝6時開戦だ。)

(あら、早いですね。)

(そうだ。わしが『黄焔弓虎(こうえんきゅうこ)』の首を晒し、城内の士気は地に落ちておる。この機を逃す手はない。)

(御意。全軍いつでも突撃可能ですわ。これでついに坦陸も落城ですね。)

(重ねて言うが、他言禁止だ。いや、渤軍の中はある程度仕方ないが。その)

(?何ですか?)

 珍しく号炸蹉蹉が口籠ったから、夕路尾綬も訝った。

(秦州には伝えぬ。)

(え!)


 これを聞いた運程跌は岩陰でまた忍び笑い、音もなく岩陰から飛び出した。

(くく、美獣め、陰湿な奴だ。)

 もう渤軍閣僚の両名に用はない。その場を去り、すぐさま北に走る。

 皺馬丘の北麓に回り込み、因州軍が展開していないのを確認する。

(まだ分からんがな。だが、恐らく丘の南麓から渤軍陣地にかけて比重を置くことは間違いない。いや、分からねえけどな。)

 心中、運程跌は敢えて慎重に考えた。そうしないと攻撃的な思考が先走り、塊協半(かいきょうはん)への情報がぶれてしまいそうだったからである。

(落ち着け。まだ分からねえんだ。)

 だが、決行の(とき)が眼前に迫っていることを、諜者である彼の身体が本能的に感じ取っており、(たかぶ)りを抑えようもない。ガサガサした掌をゆっくりと擦り合わせている。

 運程跌は、売士谷目指して風の如く奔った。


 その頭上の空は。


 何と、晴れてきた。



**********************************




坦陸周辺図

挿絵(By みてみん)



坦陸城内外図

挿絵(By みてみん)



坦陸包囲戦 配陣図

挿絵(By みてみん)

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