第伍話
閂滔登は、昼にかけて坂外窟の隠れ家に配下の百人を集めた。
「なんじゃ、なんじゃ。」
「何でも塢宜の塊協半がわしらを誘ってるらしくての。親方が悩んどるらしい。」
「碁略の兄貴が大反対しとるんだろ?」
「というか、そもそも何に誘っとるんだ?」
「というか、えらい暑いなここは!」
腕っ節だけは強そうな連中がぎゅう詰めとなり、低温初夏と称される気候下にあって、この空間だけは蒸し暑い。
自分の名前が耳に入ったのだろう。百人の最前列に胡座をかいていた盃碁略が憤然と立ち上がり、白い長袍に包んだ痩身を震わせた。
「大反対だあ?そんな緩いもんじゃねえ、なんで塢宜の賊の為に俺らの命を危険にさらさにゃならんのだ。閂頭目がいらしたら、てめえらもちゃんと申し上げるんだぞ。付いて行きません、ってなあっ」
その時、12時丁度。隠し扉をバン、と開けて、閂滔登が飛び出てきた。
「碁略、てめえ!」
盃碁略にとっては、突如そこに出現し、幻術のように見えたろう。驚愕して顎が落ちている。
「か、頭っ」
盃碁略よりも数段背が低く、また痩身だから本来貧相に見える筈だがそうではない。少々の衝撃ではぐらつかぬ、芯の強さが滲み出て、威風がある。
「これから大博打って時に、兵隊どもの気勢を削ぎやがったな。」
「博打って、じゃあ頭、まさか」
「勝つ気のない奴はここに不要!」
叫ぶや否や閂滔登は腰刀を抜き打ち、盃碁略の頭頂部から唐竹割りに斬りさげた。
白い長袍に包まれた痩身は、腰のあたりまで左右に分断された。
「なあ?土考将軍よ!」
己れの腹心を凄絶に粛清した閂滔登は、血飛沫を全身に浴びつつ邸の大扉に向けて呼ばわった。
ざっ
固い黄土を踏みしめる音が聞こえ、百人の手下達は一斉に背後を、音のした邸の大扉の方を振り向いた。
そこに土考が立っている。
鎧のような筋肉に覆われた巨体をそびやかしていた。
「土考将軍よ」
閂滔登は再び呼びかける。
「あんたが心酔する塊協半殿に会ってみたい。しがねえ俺ら盗賊崩れ百人の命で、坡州の民衆を塗炭の苦しみから救ってくれるんだろう?それが本当なら、こんな美味い話はねえじゃねえか。」
そして血塗られた刀で、足元にいまだ血を吹き出している盃碁略の遺体から、左右に割れた頭を切り離し、頭上に掲げた。
「なあ?お前らあ!」
彼の手下百人の頭の中は大混乱し、あまりに混乱しすぎて皆呆然として、閂滔登が掲げた血塗れの生首を見せつけられて、その鮮血の赤に突如として異常な昂奮を掻き立てられていった。
う、うおおお
そして鬨の声が隠れ家から溢れた。
1時間程して、土考の姿は坂隷の城内にある。
「ふふ、やったぜ。」
「本当ですか?」
肉屋の裏路地、豚やら鶏の肉塊が林のようにぶら下がる間に、土考は諜者の阯駒を呼びつけていた。
「外の頭領を口説き落としたのね。」
「そうだ、おっと。」
阯駒は出し抜けに土考の唇を奪おうとしたが、土考は身を躱してうまく避け、
「売士谷の大将に伝えてくれ。閂滔登の百人が合力、20日19時にはそっちに着く、とな。」
そう伝えた。
そして阯駒は頰を膨らませたが、その頰に土考が口づけしたので、機嫌を直し、裾をからげて風のように立ち去った。
土考は踵を返し、再び閂滔登の隠れ家に向かった。




