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東狩獲城  〜『斐界群史』詳伝  作者: 適当館 剛
第弐章  黄焔弓虎、躍動す
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第拾壱話

 6月12日夕刻。

 土考は坂隷に到着した。


 坂隷は坦陸より一回り小さい城市だが、それでも大城の部類に入り、坡州中部の中核都市である。来月、この城市の周辺で非常に重要な戦さが催されるが、その話は別稿に譲るとして、ともかくこの眞暦1807年6月の時点では、坡州王培梅の領地となっている。


 城壁の外に、黄塵ですすけたあばら屋が建ち並ぶ坂外窟(はんがいくつ)と呼ばれる区域があり、土考はそこに向かった。迷わず一軒の黒ずんだ石壁の家を見定め、ずかずかと入っていく。

「ごめんよ。閂滔登と話がしたい。」

 家の中の空気が緊張した。

「てめえ、誰だ。」

 家の中は暗くて全貌が定かでないが、入口の房に10人程がたむろしていたようである。かび臭い空気が充満しており、土考は(いかにも盗賊団の秘密基地だな)と薄笑いを浮かべた。彼が塊協半と一緒に根城とする塢宜の屋敷と、ひどく相似しており、親近感が湧いたのだった。

 だが、そんな盗賊の秘密基地に、いきなり178cmという巨躯の部外者が現れ、名乗りもせずに頭目を出せ、と言ってきたのだから、盗賊衆が色めき立つのも無理はない。どやどやと土考の前に立ちはだかった。


 椅子で足を組んでいる白い長袍の男が、喚いた。

「静まれ、馬鹿ども」

 荒くれたちは途端に口をつぐむ。土考はその白い長袍の男に、薄笑いを向ける。

「おう、盃碁略(はいごりゃく)か。元気にしてたか。」

「てめえが来たのは5月1日だろ。脈もねえのにお出ましが頻繁過ぎるぜ、土考の旦那。」

 盃碁略はゆっくり立ち上がり、息がかかるくらい、土考に接近した。痩身だが上背は土考と比較しても同等で、盗賊団の副頭目として遜色ない威勢である。

 土考の薄笑いは止まない。

「こんなに繁く顔出してんだ、お前とももう朋友だな。」

「もう一度言う、脈はねえ。生憎(あいにく)俺には、義侠心ごっこに人様を巻き込むような朋友はいなくてな。」

「善き友を得るべきだ。で、閂滔登はいねえのか。」

「今日はいねえよ。」

「じゃ、また来るわ。よろしく伝えてくれ。」

「二度と来るな。脈はねえんだからよ。」


 盗賊の隠れ家から出た時、土考の薄笑いはさすがに消えていた。

 閂滔登が束ねる坂外窟の賊は100人を数え、坡州中部で有数の盗賊団である。味方に引き入れるのは、並大抵ではない。


――――――――――――――――――――


 その頃、皺馬丘の連合軍陣営では。

「ほい。これで一字閃の忘れ形見は、力を出し尽くしましたなあ。」

 嚇凛が諸将を前に、黄色い乱杭歯を剥き出しながら、一人で喜色満面である。

 しかし美萊峩は浮かぬ顔で、

「婆様、我々はとてもそうは思えぬが。」

 と異を唱え、隣に立つ帆愚恵繋淹なぞは逞しい身体を折り畳んで肩身を狭くしている。

 嚇凛は顔中の皺を深くしながら、

「そりゃ、弟君も方鬼娘も帆愚家の若君も、『黄焔弓虎』の弓術に屈したんじゃから、無理はないぞな。」

 と、一層楽しそうに座を見回した。

「ただでさえ脚を失ったばかりの男、身体の負担はそうそう回復しておるまいに、そこであれだけの矢数を一人で放ったんじゃ。それに啓懲鞍が墸竟を討ってもおるしの、坦陸は落ちたも同然、奴等は近々玉砕。」

 美獣は右の頬を僅かに引きつらせながら、己れの謀士がしゃがれた声でまくし立てるのを聞いている。嚇凛は、主君が呆れているのに気づいているが、(さえず)るのを一向に止めない。

「じゃからあたしゃ、もうここを出るわさ。穣北に戻ってのう、次の尼竺攻めの計略を穂佑聯様と練りますわね。」

 気の早い老婆である。坡州坦陸をまだ陥してないのに、東隣の庇州を領する尼竺を攻める計略を立てるというのだ。美獣は嚇凛に対し、嫌悪感を示した。

「ふん。もう坦陸を陥したつもりか。勝負は最後まで分からんぞ。」

「ひょひょひょ。ここに至って、この戦さは『勝負』と言えますかな。」

 「獣下龍眼」と称され、因州王家躍進の立役者と目される嚇凛の言は重く、美獣も口をつぐんだ。老婆はちんまりした短躯で立ちあがり、幔幕の出口に向かってすたすた歩いていく。

「最早、婆アの悪巧みも不要。さっさと城を接収すればよろしい。」

 背中越しで美獣たちに言い残して、幕を出て行った。


 幕の外には、諜者の契寿が待っていたが、一人笑顔で出てきた嚇凛を見て、目を丸くした。

「この攻城においてあたしの役割は無くなったのよ。穣河の北に帰る。」

 嚇凛は子飼いの諜者にそう説明した。そして、

「契寿、もうここにいてもあんたの教育にならん。先に庇州に飛んで()の地を調査せい。尼竺軍の統制度、諸将の精神状況、州都厚廠(こうしょう)や本拠の尼璧(にへき)など主要城市の民心及び防衛設備。おお、大変じゃ、やることが一杯じゃ、急がんにゃならん。」

 輿を用意させ、早々に皺馬丘を降り、北へ向かった。契寿は東へ飛んで行った。


 空に雲が出始めた。


――――――――――――――――――――


 その日の夜。

善哉(よきかな)。善哉。」

 坦陸の城内では、謫徒が喜んでいる。ぼう、と小さな燭燈1つ灯し、ツンと尖った鼻梁が陰影を作っている。(とう)に腰掛け、茶を啜る。

(さすがは『黄焔弓虎』だ。あの弓術がなければ今頃、この坦陸は連合軍に屠城(とじょう)されている筈だ。)

 思わず身震いしたが、すぐに前を向く。

(あの大活躍で欄三秀はかなり疲労したようだが、まだ戦えるだろう。そして程なく塢宜からやってきた賊どもが連合軍の背中を襲えば)

 謫徒は、茶碗を叩きつけるように卓に置き、榻から勢いよく立ち上がった。そして窓際に立ち、闇夜に沈む院子に向かって呟いた。


(闇黒に一条の光、()するなり。)

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