第九話
6月12日白昼、晴。
壘渋が洗王殿で謫徒の報告を受けていた頃、渤因秦連合は坦陸城へ総攻撃を仕掛けた。
「寄せ手の先鋒は帆愚恵繋淹。一昨日の夜、俺が討った舟蹴淹の嫡男だ。向こうにとっては葬い合戦だが、構うものか。返り討ちにするぞ。」
杖に頼って坦下門楼閣に立つ欄三秀は、自隊に告げるとどっかりと石椅子に座った。
(連合軍は総攻撃だ。この坦下門を守っても、他の門が破られたらこの城は終わり。そんな情報は我が隊の者たちには余計だ。彼らには眼前の帆愚隊に集中してもらおう。)
黄と緋色の美々しい鎧が陽光を跳ね返し、
「応!」
と応じた欄三秀隊の兵は、部隊長の背中を眩しく見つめた。
先月まで厩舎兵だった訴模比が大甕をせっせと欄三秀の傍らに並べている。兵力の減少に伴い、籠城戦の最前線に駆り出されたのだった。甕は数個、中にはぎっしりと矢が差し込まれている。
「甕はこの配置で宜しいでしょうか。」
「うむ。」
欄三秀は首を縦に振ると、大声で下知した。
「弓兵、女墻に隠れて配備につき、号令待て。」
即座に兵は動く。
「南には『黄焔弓虎』が配備された。私たちは安心して東門に集中できるっ。」
梟のような大きな眼が東門守護隊の端々まで視線を向けた。
坦陸東街区治安総監の墸竟である。
職掌は坦陸市街の東部における治安維持だが、城を攻められれば武将として立働く。
身を包む甲冑は頑強で、重量感があるが、それを感じさせない敏捷さで彼女は東門の門楼に駆け上がった。
眼下には「啓」の旗幟が林立していた。
「弓隊は女墻の後ろへ、槍隊は弓隊の後ろに配備。持ち場についたら号令待て。」
彼女の配下たちも、城壁上で迅速に展開した。
攻城軍は、雲霞の如き大軍である。
「9日の夜。左霧馬酪めの招きに応じてなければ。」
帆愚恵繋淹はあれから何度も頭の中で反芻している後悔を、坦下門の下に陣取った今も、繰り返している。
鶴翼に部隊を展開しているが、その兵は5,000の大軍であり、かなり厚みがあって、彼は後方に立ってこの攻城軍を制御していた。父、舟蹴淹に配属されていた兵のうち、先日の夜襲で無事だった2,000と、己れの3,000を合わせた大部隊である。
眼前の坦下門門楼には「欄」の旗幟が翻っている。
それを認めた帆愚恵繋淹は八重歯を剥き出しにし、吠えた。
「帆愚軍、舟蹴淹の仇敵たる眼前の欄三秀を屠る!」
「応!」
同時に弓隊がずらりと最前面に並び、地に楯を据えてその後ろに隠れ、片膝を立てた。また多数の連弩も配備された。射手も連弩も矢をつがえて、城壁上に見え隠れする籠城兵に照準を合わせた。
「斉射!」
啓懲鞍は東門に攻め寄せた。
(朶巽楼の雪辱じゃ。)
戦死した姉や、今回従軍している甥の啓潔とよく似た棗型の眼だが、啓懲鞍が彼らと違うのはその瞳であろう。不自然に小さく、ともすれば四白眼になり、何かに憑かれているかのように見える。
(ようやく最前に配備されたぜ。新州王の印象を変えねばならん。)
そして右手の青龍刀を握りしめた。
彼が心中に呟いた朶巽楼とは何かといえば、因州南部の大城市、國朶鎮という城郭の一角にある構造物のことである。巽(南東)の方角を守る要塞で、國朶鎮の象徴だったが、前年9月にこの城に美獣が攻め寄せ、美獣に従軍した啓懲鞍は朶巽楼攻撃を受け持った。彼は、元因州龍牙の姉、啓殉覚の部隊に配属されたが、朶巽楼を守る相手城主の圃勒春による突撃を受けて姉は戦死し、彼は敵に背中を見せて逃亡した。
あれから9ヶ月、啓懲鞍は姉の首を置いて逃げた臆病者と、白い目で見られているのである。
東門の楼閣に敵将が登ったのがわかった。
「墸竟だな。死んでもらうぞ。」
今度は心中ではなく、はっきり声に出して言った。
脇に控える配下の将たちはびっくりしたが、
「全軍、集中攻撃!」
啓懲鞍は青龍刀を大きく左方へ、振った。
2,000人の啓軍が城壁に向かって押し出す。その中に数台の井闌があるが、彼はその一つに走り寄った。
【用語】
女墻 ―
城壁上にめぐらされた凹凸状の墻。矢等の攻撃を避けながら眼下の敵を攻撃可能。
井闌 ―
移動式の塔状兵器で、最上部から城壁上の敵を射撃する




