第八話
木槿色に染まる空から射す曙光が、坦蔵平原を照らし出す。
6月12日の早朝、壘家の諜者である辰留躊は城主府に忍び、謫徒の面前に参上した。
「去る6月10日、塢宜の盗賊、塊協半めが謫徒様のお誘いに興味があるとのことでした。」
「おお。来るか。」
まだ眠そうな重い瞼が急に見開かれ、いつもは空虚な謫徒の黒い瞳が、今は珍しく光を反射していた。
「『褐剣髯』なる野盗であろ。数はどれ程いる。」
「300から400。」
「いいじゃないか。盗賊ごときが名族壘家の命運を決する場面に参戦出来るんだ。その名誉に震えているだろうさ。」
「恐れながら」
辰留躊はこけた頬を不機嫌に凹ませた。
「彼奴らは興味を示しただけで来援を確約した訳でありません。また、坦陸に参るにしても、200kmの移動の中でかなりの数が逃亡しましょう。」
「仕官の確約はしたのか?」
「え?」
答えは是だったが、素直に頷くのが悔しくて、つい聞き返した。そんな辰留躊の反応が気に入らなかったのか、謫徒はツンと尖った鼻を突き刺すように前に出した。
「壘家への仕官だ。全員仕官させ、頭目は閣僚に就ける。」
辰留躊はもう面倒になって、
「失礼しました、それはあの文書に明記されているんですよね。はいはい、書いてあることに間違いはない旨、はっきりさせておきました。」
と言った。一方の謫徒は、辰留躊の棘ある態度等全く意に介さず、途端に上機嫌になって、
「ならば大丈夫だ。『褐剣髯』は必ず坦陸に来る。」
さらさらした前髪を掻きあげながら笑う。もういいご苦労、と辰留躊に手を振って退室させ、謫徒は院子に出た。
朝日は勢いよく昇り、空は既に真っ青に広がっていた。
しばらく曇天だっただけに、謫徒は眼を細めて空を仰ぐ。そして気持ち良さそうに手を広げ、大きく伸びをした。
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「そう。ついに野盗らの援軍がやってくるのね。」
壘渋はたるんだ頰肉を揺らし、爪を紅く塗った指で鼻頭に触れた。
「左様でございます!」
壘渋の前に跪く謫徒が喜びに溢れている。それを壘渋の脇に立つ壘魍は螺鈿の髪飾りを触りつつ、蔑むような眼で彼の喜色を覗き込んでいる。
(坦陸が風前の灯火とはいえ、我が壘家が野盗なんぞを頼りにするの?)
壘渋の目袋はいよいよ青黒さを増し、
「どれだけ来るのか?」
孫娘の心配をよそに身をのりだしている。
「2万 ー 。」
「ほお?」
謫徒の返答に、壘渋もまた喜色を浮かべた。
「この戦況でなんと有難い。」
「謫徒」
一方で顔をしかめていた壘魍が強い口調で切り込んだ。
「お前、そんなのに援けを求めて大丈夫なの?我が壘家は」
「およし。壘魍。」
静かだが有無を言わさぬ語気で、壘渋は孫娘を制す。
「でもお祖母様」
「聞きなさい」
さすがの壘魍も口をつぐむ。
「『黄焔弓虎』がよくやってくれているとはいえ、兵糧も少なく、逃亡者も日に日に増えるばかり。どんな奴でもいい、一人でも兵士を増やさねば、我が壘家は明日にでも死ぬ身なのだ。お前はまだ子供だからわからないだろう、が。」
「背に腹は代えられぬ、ということなんでしょうけど。」
「そうよ。賢い娘ね、ちゃんと分かってるじゃない。」
壘渋は再び笑い、謫徒を見る。
「野盗らは何処の者?頭目の名はなんと言う。」
(お祖母様が、期待に満ちて野盗の名を聞いている。嗚呼、私は指をくわえて見ているしか出来ないのか。壘家は己れの矜持をかなぐり捨てねば、生きていけないというのか。)
壘魍は奥歯をギリギリと噛み締め、拳をきつく握りながら、壘渋と謫徒のやりとりを聞いている。
謫徒は誇らしげで、
「はい。坡州中部の塢宜を本拠とする塊協半という者。その髯は褐色で刀剣の如く硬いことから『褐剣髯』の異称で呼ばれています。」
表情がひどく晴れやかである。
「ほう、褐剣髯!」
(褐剣髯?くだらない!)
それを聞く城主と、孫娘の反応は正反対である。
「そうです。必ずや我が壘家を援けるでしょう!」
(伝統ある壘家は、「国毒情夫」が招き入れた「褐剣髯」に牛耳られてしまうの?情けない。)
昂奮している謫徒と感心する壘渋を見ていたくないので、壘魍は窓の外に視線を移した。
彼女たちがいる洗王殿からは、城内に屹立する十黄旗塔がよく見える。風はなく、その黄旗をだらしなく垂らしていたが、それがふいに揺らいだ。そして次の瞬間、
「オオオー」
という雄叫びが耳に飛び込んできた。
「連合軍の攻撃です!」
反射的に壘魍は叫んでいた。




