表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
東狩獲城  〜『斐界群史』詳伝  作者: 適当館 剛
第弐章  黄焔弓虎、躍動す
23/67

第七話

「弟は器用なたちじゃない。姪のよしみで何とかさせられんか?」

(やっぱりそうなるわよね。)

 土考の反応は、阯駒の予想通りだった。阯駒は舌舐めずりする。

「土考さまぁ。それあたしが螂廈に言うんですかぁ?」

 そして阯駒はぽってりとした唇を(まる)くすぼめて不満げにみせる。

 土考は武骨この上ない男で、阯駒の態度にただ眉をひそめ、その巨体を揺するだけだ。

「そうだ。何とかしろ。」

「わたしから言うのは大変です。」

「お前から頼んでくれ。」

「では、何かくださいな。」

「なにをだ」

 あからさまに面倒臭そうにする土考に構わず、阯駒はぴょん、と跳躍して彼の猪首(いくび)に手を回し、唇を吸った。

「ぬ、ぐっ?」

 さしもの土考も、虚を突かれて目を白黒させた。糸を引きながら唇を離すと、阯駒は、

「こちらを頂きたかったのよ。」

 うっふふ、と笑った。

「何をするっ」

 土考は流石に腹を立てて、阯駒を八つ裂きにせんと立ち上がったが、その時すでに彼女は土考の眼前から消え失せている。


 ものの十分後には既に、阯駒は螂廈の前に座っている。

「ね、ほら。ここに拇印(ぼいん)捺して、ここにこれ、この筆で署名して。螂、廈、って。そうそう。」

「でも、伯父とは疎遠なのよ。私が、盗賊稼業に入ってから。合わせる顔がない。」

 阯駒は、殆ど螂廈の手を握って、なかば強制的に署名させ、

「何言ってるのよ。螂殊段(ろうしゅだん)だって似たようなものじゃん。いや、あっちの方がよっぽど賊だよ。」

 そう言いながら、既に立ち上がっていた。

「そうだけど。よろしく伝えてね。」

「あいあい」

 返事かどうか明らかでない声を吐いた時、既に阯駒の姿はそこにない。

「塡保かあ」

 そう、阯駒は螂廈の伯父、螂殊段がいる坡州塡保へ走ったのである。

 狭い自室に残された螂廈は、小さな身体を更にすぼめ、低い天井を見つめる。そして、糸のように細い眉をくい、と上げ、不思議そうに独りごちた。


「しかし、何であたしの筆跡で文書が出来てたんだろう。」


――――――――――――――――――――


 夕刻。

 塢宜の貧民街は蠢いている。

 街を仕切る塊協半が号令し、荒くれ400名が街を発つのである。

 揆朋楓は、猛禽類のようなギョロ目を朱い夕陽に細めつつ、傍らの塊案に笑顔を向けた。

「なかなか壮観じゃないか。(しつけ)のなってない、育ちの悪い馬鹿どもばかりだけど、みんないい面構えしてるよ。」

「そ、そうかなあ。みんな正規兵じゃないし、戦力になるだろうか。」

 塊案は兄譲りの幅広の鼻を痙攣(けいれん)させ、ひどく気弱である。

「ふふ、その割には今日までよく逃げずにいたと思わない?」

「まあ、ねえ。」

「塊協半の手勢が300、それに壜係重の配下が100、合わせて400。これに閂滔登の100前後が合流して、あと塡保三巨熊が加勢したら、いっぱしの軍隊になるさ。」

 ここで塊案は周囲をキョロキョロ見回しながら、背伸びして揆朋楓の耳に口を寄せた。

「でも、でも、壜係重は危ないよ。」

「ん」

 流石に揆朋楓の顔から笑顔が消えた。

 自然と視線がさまよい、路地の真ん中で甲高く声を上げる壜係重を発見した。その時、壜係重の顔がこちらを向いた。揆朋楓は慌てて視線を逸らし、

「なんて顔色してんだい、塊案。さっさと厠所(かわや)に行きな、この門出に糞漏らしてたら、縁起じゃないわよ!」

 塊案の肩を上からバンバン叩いた。

 周囲の荒くれが笑い、塊案は悲しげに頬をひくつかせながら、揆朋楓の気持ちを汲んで本当に厠所へ走っていった。

 横顔に壜係重の視線を感じながら、揆朋楓は高らかに笑ってみせた。


 土考は、遠くから聞こえる揆朋楓の笑い声に不自然さを感じながら、塊協半に歩み寄る。塊協半は所々ほつれた粗末な革鎧を着込んでいる。

「褐剣髯。」

「なんだ。」

 褐色の硬い髯がジャラリと鳴る。

「俺はここから坂隷に行く。」

「おう。」

 塊協半は、背伸びして土考の肩を叩いた。隆々と盛り上がる肩の筋肉で、塊協半の手が弾む。

「頼む。何とか閂滔登を落としてくれ。」

「必ず。」

 土考の針の如き狐目が血走っている。400の手勢が500に増加するかどうか、赤児でもその重要性は分かるであろう。土考は、塊協半の壮図について、その成否を逞しい双肩に背負っている。

「いや、物事に『必ず』はねえ。」

「え?」

 しかし、塊協半は笑顔である。

「俺は、お前のこの上ない武骨さが大好きだ。たぶん、閂兄(さんけい)もそういうのが大好きだと思う。だからよ、真摯で、かつ堂々としたお前が坂隷に行ったら、閂滔登はお前に賭けるだろう。」

 塊協半は、土考の肩肉の弾力を楽しみながら、叩き続ける。

「だがな、俺の読みに反してヤツが(なび)かねえ場合も、そりゃあ充分あり得る。そん時は、読みを外した俺が愚鈍だっただけだ。」

「そんな」

「8日後だ。」

「え?」

 再び土考は聞き返す。

「8日後にヤツを連れてこれないなら、諦めてお前一人で坦陸に来い。」

「8日後 ― 6月、19日。か?」

「そうだ。閂滔登の100人がいなくても、まあ、何とかなる。だが土考、お前がいなけりゃ、(いくさ)にならねえ。」

 塊協半は太い土考の首根っこに手を回して、なかばぶら下がるようにして顔を引き寄せた。

「いいか、俺が一番必要としてるのはお前だ。」

 土考はその巨体を海老のように曲げながら、己れの主人にされるがまま、その言葉に聞き入り、

「わ、かった。」

 と、男泣きした。


「では、坦陸で逢おうぞ!」

 土考は馬上の人となり、坂隷に発つ。

「おう!お前ら、東へ、坦陸へ行くぞ!」

 塊協半もまた、軽やかに馬に跨り、告げる。

 塢宜の貧民街に巣食う荒くれどもはその号令のもと、一斉に動き出した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ