第六話
6月11日昼。坦蔵平原は曇天で重い。
渤因秦の三国連合軍は皺馬丘で軍議中である。
幕営の奥、床几にどっかりと腰掛けた美獣の声は、居並ぶ将星の頭上に名鐘の如く響いた。
「明日は総攻撃だ。」
おお、幕営の中にどよめきが広がった。
美萊峩が問う。
「全門、全団楼を攻めるので?」
「大水門、北水門、北西団楼以外は全て攻める。」
号炸蹉蹉がこれを受ける。
「坤斧の行方が知れぬ中、坦陸一つ落とすのに長陣する訳にいきませぬ。明日で陥落させましょう。」
「恐れながら」
巴雷丹邦冤が挙手する。
「今年は低温初夏となってますが、雨も降りません。冷涼な一方で、大変乾燥しています。我が軍は今回、兵糧と一緒に大量の灯油を備蓄しておりますから、火矢を斉射しましょう。」
「うむ。」
美獣がうなずいた。
「城兵を焼き尽くそうということだな。」
「ひょひょひょ」
ここで嚇凛が笑う。
「そんなに簡単にいきますかな」
「老龍眼。もはや坦陸は死に体じゃ。我が連合軍による明日の火計が奴らへの引導となるは必定!」
長い顎鬚を揺らし、帆愚恵繋淹が嚇凛に噛みついた。しかし嚇凛が線虫のような皺を動かして発する言は、自信に溢れている。
「黄焔弓虎が坦下門を守るじゃろう。」
「む」
「一昨日、彼奴の夜襲で貴殿の父上は屠られたが、ありゃあ仕方ない。ご覧になった通り、さすが坤斧が手塩にかけた漢、無双の武勇じゃ。恐らく戦が始まれば坦下門に配置されるはずじゃが、あれ程の武将を連合軍12万とて簡単に破れる筈がない。」
帆愚恵繋淹が美獣に向き直って吼える。
「嚇凛様がおっしゃる通り、一昨日拙者は父を黄焔弓虎に討たれております。どうか明日の総攻撃では坦下門攻撃に配置頂き、父の弔いをさせてください。」
奥に座る美獣は鷹揚に頷く。
「善い。帆愚将軍、欄三秀を存分に討ち、父上の仇をとりたまえ。」
「ありがたき幸せ。」
帆愚恵繋淹は拱手した。
「ひょひょひょ!」
嚇凛の笑い声が幕内に響いた。
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その頃。
塢宜の貧民街はざわめいている。400人もの輩が浮つき、長旅の準備に大わらわなのだ。乾燥豆や麻衣の店なんぞに群がってなけなしの銭で諸々を支度している。
「死にに行くようなものだ。」
汚い小さな茶舗で、壜係重が粗末な椅子に腰掛けている。
「坦陸出兵は決まったのですよ。」
丸卓を挟んで座る女は、螂廈。小さな彼女は、足が床に届かずぶらぶらさせている。
「出兵ぇ?」
壜係重は出っ歯を突き出した。
「そんな大層なもんじゃねえわ。俺ら現役の野盗が寄り集まって、やいやいとはるばる坦陸まで流浪するだけ。いつもの流賊と変わらねえ。」
「そうだけど。」
螂廈が糸のように細い右眉を吊り上げた。
「でもお頭だって、褐剣髯だって、土考だって、軍にいたことがあるじゃないか。この集団には結構、武勇の士がいるよ。」
「馬鹿か。」
壜係重は茶碗をくい、と傾けて柿茶を啜る。
「坦陸には美獣率いる連合軍12万がいるんだぞ。対して俺らはどうだ。」
「400。」
「勝てる訳ないだろう。死にに行くようなもんだ。だってお前、400と12万だから、ええと」
「300分の1。」
「そうだ。お前一人で300人をやっつけられるか?」
「無理だけど。」
螂廈は垂れる前髪を掻きあげて、広い額を露出した。
「無理だけど、そこは堕叉に何か考えがあるんだよ。神算があるって言ってたじゃないか、お頭。」
「ねえよ、神算なんて。あの青びょうたんのハッタリだ。それよりもよぉ、お前の叔父御は来ねえのか?」
ここで螂廈はぐっ、と顎を引いた。あまり触れられたくない話題だったようである。
壜係重はそんな螂廈の様子に頓着せず、愚痴愚痴と言う。
「せめてお前の叔父御が来援すりゃあなあ。奴の武勇こそ一騎当千なのによ。」
茶舗の外は曇天のもと、砂煙の雑踏である。
その中で立ち止まり、不思議と行き交う人にぶつからずに済ませている娘がいた。
阯駒である。
(姓が同じだからもしかしたら、と思ったけど。へへ、面白いことになるかも。)
口も動かさずにつぶやくと、次の瞬間に彼女はもうそこにいなかった。
【用語】
団楼 ―
城壁が外に突出し、直下の敵に向けて優位に攻撃できる設備。城の角等、死角に設けられる。




