表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
東狩獲城  〜『斐界群史』詳伝  作者: 適当館 剛
第弐章  黄焔弓虎、躍動す
21/67

第伍話

 早朝から石造の古邸に荒くれが溢れ、暑苦しいことこの上ない。そして、暑いの臭いの狭いの、と騒ぎ立てている。


「てめえら、黙りやがれ!『褐剣髯』から大事なお話だあ。」


 だが、堕叉がキーン、と良く通る声で言うと、荒くれどもが静まった。堕叉はひょろりと細い青びょうたんなのだが、彼の言うことを野犬のような連中が不思議と静かに聞いた。

 とはいえ、一様ではない。

 野犬の群れの中にも狼がいて、一匹で吠えたいのを我慢しているのか、犬歯ならぬ出っ歯を剥き出して、しきりに唇を()める者がある。これなん、先にさんざ悪態をついた壜係重である。その横には腹心の螂廈が立ち、糸のような右眉を吊り上げたまま、目を閉じている。

 少し離れた所で、揆朋楓が円卓に片尻を座らせているが、その隣に背の低い肥った女が、ぶよついた腰肉に手を当ててどっしりと立っていた。揆朋楓は何となく気になって、その猛禽のようなギョロ目でその女を観察する。体つきはだらしないが、戦闘で身を立てる心身の強靭さが感じられるのだ。

 そのまた向こうにも一人、肥満者がいる。こちらは男で上背もあるが、とにかく腹が出ている。いわゆる太鼓腹で、顔は呆け、鼻の穴に指を突っ込んだまま停止している。こちらは特に、揆朋楓の気には止まらなかった。


 ジャラリ、ジャラリ…


 広間の奥、所々が朽ちた黒檀(こくだん)の衝立の向こうから金属質な音が聞こえてきた。

 堕叉や土考、揆朋楓等は薄く笑う。

 彼等の頭領、塊協半がやってきたのである。


 ジャラリ


 褐色の、硬質な髯を鳴らしながら、塊協半は衝立から姿を現した。

 と、同時に大音声で部屋を揺らした。


「城狩りじゃ!」


 荒くれどもは驚いて、皆目を見開き、口を「は?」という形のまま、あんぐりと開けて固まった。塊協半は構わず語り出す。


「俺もお前たちも今は盗賊稼業だ。野盗の群れだ。だがな、もとは純朴な良民だったよなあ。故郷にいた頃は真面目にやってたよなあ。」

 皆固まったまま、膨らんでいる塊協半の幅広の鼻を見つめている。

「財を奪われ、土地を失ったから、こんなことやってんだ。誰のせいだ。」

 言葉は熱を増していく。

「そこらの領主であり、その上の州王であり、さらにその上の皇帝が強欲だからよ。意気地なしだからよ。奴等は害毒以外の何者でもない。俺は奴らから富を取り戻し、大地を奪い返して、お前らに渡す。善良な良民に返す。」

「お頭」

 にやついた堕叉が、ここで言葉を挟んだ。

「じゃ、そんな害毒たちと同じように覇道を行くのかい。」

「応。俺は城を獲って、版図を広げ、成り上がる。まさに覇道だ。だがな、害毒と決定的に違うことがある。」

「それは」

 塊協半は思わず棍棒のように太い両腕を突き上げた。


「民衆のために、民衆とともに成り上がるのだっ」


 呆然と聞いていた荒くれどもはどよめいた。

 これまで色々な群盗に属し、様々な賊長を見てきただろうが、皆、こんなことを言う(おとこ)を見たことがなかった。いや、大陸広しと雖も、実は塊協半の如き発想を持った人物は絶無なのである。


 ざわめきが包む上房で、壜係重が声をあげた。

「じゃ、じゃあ、我らは何処へ連れて行かれるんだ。何処(どこ)の城を奪うんだ。」

 先程から口を挟みたくて、薄い尻を落ち着かなげに左右に振っていたが、盛り上がる場に水を差すような言い方である。

「東だ。」

「なに?」

 そして塊協半の回答に、待ってましたとばかりに壜係重が食いつく。

「東?まさか坦陸じゃあるまいな?」

「その坦陸よ。」

「信じられん!今、渤因秦三国連合12万が包囲しているんだぞ。3、400の匪賊ずれがそんなところにのこのこ出向いたらそれこそ虫が火に飛び込むようなもの。だいたい閂滔登とか―」

「我に神算あり!」


 堕叉が壜係重の眼前にぴょん、と飛び出した。

 さあ、今度は俺が一講釈垂れてやろう、と意気込んでいた壜係重は、急に堕叉に制されて、金魚のように口をパクパクさせた。

「坦陸に、我らの栄光あり。グダグダ言わずにてめえら俺についてこい!」

 堕叉は後ろを振り向き、塊協半に片目をつぶってみせる。

 それを合図に塊協半は再び右腕を高く突き上げた。

「東へ!」

「東へ!」

 上房の荒くれどもも同様に唱和した。


 背の低い肥った女は前のめりになり、塊協半の話に耳を傾けていたが、スラリと巨大な肉切り包丁を抜いて頭上に掲げ、「東へ!」と皆に倣った。

 これに揆朋楓が近寄る。

「あんた、名前は?何者?」

「姓は(けん)、名は(りん)。この包丁で出来ることは肉屋以外なんでもしてるわ。」

「殺しとか、用心棒とか、傭兵とか?」

「ご明察!」

「よし!」

 揆朋楓は懸厘の肉厚な肩に手を置いた。

「気に入ったよ、懸厘。あんた、あたしの隊に入りな。」


 もう一人の肥満者は。

「坦陸かあ。」

 もう皆手を下ろしているのに、一人右腕を突き上げたまま停止している。彼はしがない無名の盗賊だが、堙撞殃(いんどうおう)という名を持っている。

「大都会で略奪のし放題かあ。」

 と呟く。


 この言葉が揆朋楓の耳に入った。

「こら!」

 揆朋楓はずかずかと堙撞殃に詰め寄った。

「お頭の宣言を聞いたろ?あたしたちは民衆の為に起ち上がるんだ。そのあたしたちが坦陸の住民を虐めたら絶対だめ!」

「ええ?そうなんですか。」

「見つけたらぶっ殺すからね。」

「ほええ」

「大丈夫。戦いのあとにお頭がたんまりと功に報いるから、心配するな。だから、略奪はするなよ。」

 堙撞殃は理解に時間がかかっており、鼻に指を突っ込んでそのまま静止した。


 揆朋楓は、はっと気づいた。

(昱右がいない。)

 上房をぐるりと見回すが、あの小さな身体はここにない。

(またどこかの村やら街を見学に行ったのかしら。)

 あいつは本当にわからない― 揆朋楓は腰に手を置いて、ふっ、とため息をついた。


 6月11日早朝。

 塊協半の側近である堕叉が、夕刻には出発することを告げた。行く先は東方。

 「発進じゃ!」「いよいよ出陣じゃ!」

 広間は蜂の巣をつついたような大騒ぎとなった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ