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東狩獲城  〜『斐界群史』詳伝  作者: 適当館 剛
第弐章  黄焔弓虎、躍動す
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第四話

「昨夜、壘渋の配下である壘勉独が堪假村を屠りました。」

「なに!」

 阯駒の報告に、塢宜の荒くれ共は目を剥いた。


 堕叉、土考、揆朋楓、昱右、塊案 ―。皆、同時に後ろを振り向く。そこには彼らの首領、塊協半が座っている。

 塊協半は太く硬い眉を寄せ、言葉を発しない。恰幅良く、一見球形に見える彼の身体は、微動だにしない。

 それを見て、堕叉が阯駒に問う。

「し、診戀梓は?診戀梓は無事か?」


 石造の古邸。初夏の昼とは思えぬ寒気(かんき)を上房に感じる。

「殺されました。」

 隠しても詮なきこと故、阯駒は単刀直入に言った。

 ここで塊協半が口を開いた。無表情である。

「村人は」

「皆殺しです」

「壘勉独の頭数は」

「30前後」

 阯駒の言葉が終わらぬうちに塊協半は荒々しく立ち上がった。椅子が倒れ、広間の中に硬質な音が響く。主の態度に5人は驚き、呆然と彼を見つめる。

「兵数30なら大物見だろう。堪比巷を視察し、被害を受け、腹いせに近くの堪假村を襲ったのに相違ない。同じ坦陸の塘畳が保有する所領だが、小さな村だし、塘畳は一介の商人だから、領主の一族である壘勉独がそれを知った所で襲撃を止める理由にはならねえ。」


 塊協半の頬が赤黒く変色しているのが、鬱蒼と生えた髯の隙間から窺える。

 堕叉は直線的な鼻をツンと突き出しつつ、そんな主の言葉に耳を傾けている。他の4人も同様だ。

「害毒だ。」

 塊協半は続ける。

「今、(まつりごと)をしてる奴等は皆そんな害毒だ。奴等は我ら民衆の生産の上に立って搾取しているだけなのに、その有り難みも分からず、踏ん反り返り、腹いせに民衆から更なる収奪を重ねやがる。腹いせついでに、民衆の命を奪いやがる。そんな奴等が害毒でなくてなんだ。」

「壘勉独の主は壘渋だ。つまり壘渋が害毒の根源なんだな。」

 合いの手を入れた堕叉を塊協半が振り向いたが、その口は歯を剥き出し、今にも堕叉を噛み殺しそうだった。

「違う。害毒は壘渋だけじゃない。美獣も培梅も、この大陸の領主や州王を気取ってやがる全てが、害毒だ!」

 堕叉は、塊協半が吐き飛ばした唾液を顔に受けても目も閉じず、言う。

「美獣や培梅、その他全部か。褐剣髯、あいつらはこの乱世を鎮めるために大志を抱いているらしいぜ?」

「その大志は我ら民衆の為ならず。かえって民衆からの収奪を増しゆくのみ。」

「なるほどな!じゃあ褐剣髯、我らはその害毒たちをどうすりゃいい?」

 堕叉の問いに塊協半はいよいよ(たか)ぶっていき、

「潰す。」

 その表情は鬼のそれに変わっている。

「全員潰す。その為に、この褐剣髯の身体、民衆に()れてやる。」

 そんな主を見て堕叉は、

(恋人の殺害を聞いても顔色一つ変えなかったが、村人の虐殺を聞いて激した。私情に流されず、ぶれない真の大志を持つ(ゆえ)であろう。)

 と、改めて我が主、塊協半の器量に賭ける気になった。

 だから、

「よおし、分かった。」

 と口を開き、

「あんたの身体は預かるぜ。な、お前らも塊協半を支持するよな!」

 と呼びかけるとその場にいた者たちも、一斉にうなづいた。


――――――――――――――――――――


 辰留躊(しんりゅうちゅう)は肩をいからせ、小さな身体を精一杯大きく見せた。

「ほう。ということは坦陸へ来援するのか。」

 塢宜の貧民街に佇む石造の古邸で、彼は野盗の頭目とその取巻きに対峙していた。


 その中でもひょろりと背の高い、顔の青い男が、癖っ毛をかき上げながら問いに答える。

「まだ分かんねえな。成功したら俺ら全員を仕官させてくれるのか?そして頭領たるこの塊協半は、幕僚に列し、家中最高の待遇となるのか?」

 堕叉である。

 その後ろには塊協半や、土考、揆朋楓等のいかにも匪賊(ひぞく)といったガラの悪い連中が居並んでいる。


「それは間違いない。約束する。」

「へっへっへ」

「何がおかしい。」

「どうだかな。匪賊相手の約束まで守るような律儀な家から、なんであんなに裏切り者が出るのかなあ?」

「なに!」

 辰留躊は眉を吊り上げたが、堕叉は両手でそれを制した。

「まあまあ。壘渋婆のお誘いに、俺ら興味は持っているよ。それでいいだろ?」

 肩を上下させながらも、辰留躊はふうー、と長い息を吐く。

「― 了解した。坦陸に伝える。」

「ああ。壘渋婆によろしく言っといてくれ。」


 辰留躊が席を立ち、上房から出かけたその背中に、堕叉が声をかけた。

「あんた、俺よりも顔が青いぞ。頑張れよ。」

 辰留躊は振り返り、無表情のまま頷いた。


 堕叉は、辰留躊が立ち去ったのを確認してから、

「今、壘渋のもとで諜者やってるなんて、貧乏くじもいい所だ。可哀想に、頰がこけてげっそりしてたぜ。」

 と、ニヤニヤ笑う。

 塊協半が、

「よし、明日発つぞ。」

 と髯をじゃらつかせれば、揆朋楓がそれに反応する。

「おっ。ついに坦陸へ?」


「うむ。」

 塊協半が唸るように、肯定した。


――――――――――――――――――――


 深更、塊協半はひとり、自室に籠っている。

「診戀梓」

 窓からうっすら射す月明かりに涙が光ったように見えるが、判然としない。他の村人とともに惨殺されたであろう、恋人の名を呟き、このがっしりした豪傑も、手下たちの前では感情を表さなかったが、心中は悲哀に満ちていたようである。


 しかし程なく、

「後閔帝よ ― 」

 地を這うように低く言葉を絞り出した時、その眼は(おぼろ)な月光にギラリと光り、悲哀の情は全く無かった。

「俺は()ちまする。そして『野望第一』と称されたあんたのように、穣界に旋風を巻き起こすんでさあ。」


 後閔帝 ―

 この物語において、既に言及された名称である。謫徒がまだ少年の頃、後閔という国家の歴史を壘家の嫡孫である壘魍に講義している。後閔帝はその国家の皇帝であり、姓は(とう)、名は藩籍(はんせき)という英傑であった。もとは当時の統一国家たる大(かい)帝国の第六大臣(経相)まで上り詰め、塔家自体名家であり、大変出自の良い人物である。だから塊協半とは全く境遇が異なるのだが、一方で、果敢にも帝国大臣の職を投げ捨て、家族も殺されながら、判然と帝国から独立し、その新国家の旗をここ坡州に打ち立てた勇気や行動力に、塊協半は郷土の英雄として心服していたのである。


「申し訳ありませんが、あんたの腹心だった壘洗の子孫が情けない奴でね。ちょいと我が壮図の踏み台にさせて頂きます。」

 暗い部屋の中、塊協半は200年以上前の英雄に向けて、語りかけ続ける。

「だがあんたらと違うのは、俺は一民衆なんでさ。大志の種類が違う。民衆の為の楽土を、俺がこの世に現出させたらどうだい。大陸二千数百年の歴史の中で、俺みたいな奴はいなかったよなあ?」

 闇の中で、塊協半の髯がジャラリと鳴った。

「坦陸を狩ってきます。」


 塊協半の剣の如く硬い髯が、朧な月明りを照り返し、光った。

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