第壱話
「ちっ、無駄骨じゃねえか。」
30人の歩兵が夜の荒野を駆けている。風が鳴るが、小隊の苛立ちを反映して軍靴の音は風音を上回る騒々しさである。
「婆さんめ、中途半端な指示を出しよって。45人で堪比巷を獲れる訳が無かろうに。」
馬上に愚痴を垂れ流す小隊長は、壘勉独である。上に向いた豚鼻を膨らませ、泥に汚れ、擦り傷だらけの顔は不景気そのものだが、それは幸い闇夜に隠れている。言わずと知れた壘渋の甥、どこにでも転がっていそうな凡将である。
壘渋から貰った45人の小隊が30人に減っており、つまり作戦は失敗だったのである。坡州王培梅は堪比巷の城内にそこそこの兵を籠めており、さすがに驍勇の朦罠を配置しないまでも、己れの勢力圏である坡州に連合軍の侵攻を許している訳だから、当然警戒はしている。
壘勉独の小隊は堪比巷の堅い門に策もなく突っ込み、簡単に跳ね返され、あたら15人の兵士を射殺された。堪比巷城門から一目散に逃げ、そして疲れ、今とぼとぼと荒野を歩いている訳だ。
「まったく、大物見のついでに獲れる城なんてありゃしないわい。そんないい加減だから、美獣の前に我が家は滅ぶんだ。ん?」
ふと、壘勉独が目を細めた。
闇の向こうにわずかな灯り。
「村かな?」
途端に不景気な面が闇夜の中でも分かるほど、下卑た笑顔に変わった。
「おおい、お前ら!あの村を屠ろう。」
「本当ですかい?」
生き残ったこれまた擦り傷だらけの30人は、これまた下卑た笑いで顔を皺くちゃにした。
「おうよ。盗み放題、食い放題、女も抱き放題。これくらいしなきゃ、腹もおさまらんだろう!」
「やったー!」
小隊皆、不景気面が下卑た笑顔に変わり、寝静まる村に雪崩れ込んだ。
村は酸鼻を極めた。
寝込みを突かれた上、敗残兵とはいえ、名家壘家に籍を置く戦闘員30人が目の色変えて襲いかかったのである。老若男女、なす術がなかった。
成丁と見れば首を斬られ、女と見れば凌辱され、年寄りや子供は風の前の塵の如く蹴散らされる。
「やめろ、それは家宝だ!」
「うるせえ」
家財を守ろうとする父は殺され、
「しけた、家宝だな。貰ってくぜ。お、娘がいるのか。」
「きいやー!」
年端もいかぬ娘は泣き叫び、そして犯された。
村長の邸も襲われた。
小さな村であり、村長の邸もたかが知れている。
それでも、壘勉独は豚鼻を膨らませ、興奮を隠そうともしない。抜き身をぶらつかせながら、家内に押し入る。
「おうおう、この家はまだまともそうじゃねえか。」
「何者じゃ!」
上房から老人が走り出て、院子で対峙する。
「この堪假村をどうする積りじゃ!」
「知れたこと」
壘勉独は庭に唾を吐くと鈍ら刀を振り上げた。
「この村は壘渋軍が召しあげる!」
そして村長の白髪頭に叩き下ろした。
ぐしゃ、と頭蓋骨が潰れる音がし、村長は前に倒れた。
「おじさま!」
と、一人の女が院子に駆け込み、白魚のような手指を口に当てて驚愕している。
「お?」
壘勉独は顔を上げる。
女は黒目がちなぱっちりした眼を、今は鋭く吊り上げてこちらを睨んでいた。妙齢で、均整のとれた肢体をしており、寝所から駆けつけたと見え、睡衣の胸元が少しはだけて、大層艶かしい。
女は、診戀梓だった。
「ここは塘畳様の村だよ。それを何で壘渋軍が召上げるのよ。仲間の村でしょうに!」
「仲間じゃねえ。あいつは俺の手下だよ。」
対する壘勉独は嗤う。
「それにお前ら、どうせ培梅にも貢納してんだろ。」
「そんなことはしないよ。培梅様 ― 朦罠様は、村を虐めるようなことはしない。」
「うるせえ。それより、いい女じゃねえか。」
そう言って壘勉独は鈍ら刀を腰に仕舞うと、両手を伸ばして診戀梓を捕まえようとした。その眼はギラギラと血走っている。
「汚い手を近づけるんじゃないよ!」
診戀梓は右手を後ろに回すと、背中に差していた剣を器用に抜き、前方に振り下ろした。
しかし壘勉独も凡将とはいえ、壘家の中では一応部将格であり、とりあえず練武もしているから、診戀梓の剣撃を避けられた。
「くっ、このあま!」
壘勉独は、性欲に取り憑かれて肌を脂ぎらせたまま、忿怒の表情に変わり、再び剣を抜いた。
「大人しく身体を差し出せ!」
「ふざけるな!」
今度は壘勉独の剣を診戀梓が避けた。壘勉独は甲冑を着込み、診戀梓は薄手の睡衣一枚。診戀梓は身のこなし軽く、壘勉独の攻撃を躱し、鋭い突きを繰り出す。壘勉独の動きは鈍く、診戀梓の攻めを紙一重で避けているが、
ガン!
と、刀の峰で受け、振り払った時は、体の軽い診戀梓は吹っ飛ばされて、院子の庭壁に激突した。睡衣の片肌が脱げ、右の乳房が露出する。
「へっ、いい格好じゃねえか!」
壘勉独はよだれを撒き散らしながら、地に伏した診戀梓に襲いかかったが、彼女は半裸のまま転がって、素早く立ち上がった。既に一分の隙もなく、剣を構えている。
その後も診戀梓は本職の武官を相手に見事な攻撃を繰り出したが、やがて力尽きる時が来た。先程の衝撃で肋骨が折れたか、息が上がり、裸の肩を激しく上下させる。壘勉独も、田舎の寒村で若い女一人に手を焼き、これまた肩で息をし、致命的な攻撃を辛くも逃れている状態で、凌辱の余裕はもはや無い。しかし女よりも体力が残っていた。
「このあま!」
壘勉独は再び叫んで刀を振りかざし、必死の力で踏み込んできた。診戀梓はここで初めて隙を見せた。いや、無防備になったのである。刀はがらん、と鈍い音を立てて庭土の上に落下し、両腕は力なく垂れ、そして男の剣が彼女の胸部を袈裟懸けに斬りさげた。
「ぐうう!」
壘勉独の眼にはすでに狂気が宿り、突如無抵抗となった眼前の女を斬り刻んだ。血を浴びた男はいよいよ狂う。
院子の屋根に一人の諜者が現れた。
そして眼下の惨劇を目撃して、顔を背けた。
「ああ、殺されちまったよ。塊協半。」
諜者は阯駒だった。
彼女は音の無い溜息を一つつくと、その場から忽然と消えた。
1時間程経ったろうか。
「火をつけい!」
壘勉独が命じる。略奪の限りを尽くした小隊が応!と喚くと程なく、村は火炎に包まれた。
眞暦1807年6月8日。
坡州堪比巷近郊の村、堪假村が壘渋配下の壘勉独によって焼き払われた。
火炎の灯りで、村に並ぶ桃の木が黒々と燃えるのが照らし出されていた。
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坦陸周辺図
坦陸城内外図
坦陸包囲戦 配陣図




