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第七話

 ここ坡州中部の小城市、塢宜の町に夜の帳が降りた。

 今日は珍しく夜空に雲が無く、満天の星々が天蓋を埋めている。


 阯駒は、貧民街の古邸に到着し、己れの雇い主である塊協半に報告しているところであった。

「『圭粒参虎』の一将たる欄三秀の生存が確認され、3日前の6月3日、坦陸にて復帰式典が開催されました。」

「『黄焔弓虎』が生きてたのかい?」

 揆朋楓が反応した。


 隠れ家はいつものように古ぼけているが、狭い広間に集う塊協半一味は元気である。


 壊れそうな木椅子をギシギシと前後に揺する塊協半は無表情な髯面だが、向かって右に立つ女武将・揆朋楓は178cmの長身を目一杯仰け反らせ、猛禽類のようなギョロ目を剥き、大仰に驚いてみせた。

「坤斧ほどじゃないが、欄三秀も勇将だからね。壘渋は喜んでるんじゃない?」

 彼女は昨年、坦陸の郊外で欄三秀の姿を直接見ているから、実感があるのだろう。

「はっ。式典も籠城中の孤城とは思えぬ大盛況、高下の城民が盛大に帰還を喜んでいましたし、壘渋も同様の気持ちでしょう。ただ、欄三秀は右脚を失ったようです。」

「そりゃあの時、困士甜にこてんぱんに叩きのめされたんでしょ?無傷ですむ筈ねえわな。」

 そう言って、揆朋楓は肉感的な口を大きく開き、さも嬉しそうに笑った。


 阯駒の報告は続く。

「その翌日、つまり一昨日6月4日の昼。坦椿園にて壘家の財務総監たる埼執が刑死。」

「へえ!」

 今度は堕叉が素っ頓狂な声を出した。

「これぁ、坦陸乱入は決定したぜ、御大将!」

 そして傍らに座る塊協半の右肩をバンバンと叩いた。

「埼執は、あの城で最後の堅物さ。そいつの首が飛んだなら、例の盗賊招待はいよいよ実行されるぜ。」

「あの城の財政をきっちり締めていたのは、埼執だしね。」

 ここで凛とした若い女の声が飛んだ。

 姓は(いく)、名は(ゆう)。身体は小さく、ちんまりした丸顔は穏やかな印象を与えるが、その眼は鋭く吊っていて、視界に入るもの皆、睨み据えている。

「盗賊に救援依頼するなんて愚策、あの埼執が許す筈ないもの。」

「そうだねえ、あたしらにとっちゃあ、良い話だけどね。」

 揆朋楓が相の手を入れる。


 堕叉の青白い顔は、にやついている。

「へへ。その埼執が消えたんだ。美味しい愚策に、いよいよ乗れる。」

 そして彼の鼻梁はいよいよ冷たく、直線的である。

「坦陸に奇襲かけるぞ。塡保三巨熊がいなくても、閂滔登もいなくても、行くからな。」

 策士の言葉はゆったりとして冷静だが、しかしその声音は狩人のように凶暴であった。


 それを土考は嗅ぎ取って、ふふ、と笑った。武人として、血が湧いているようで、鎧のような筋肉をぶるり、と揺らした。

 一方、塊協半の弟、塊案は兄に似た幅広の鼻を小刻みにひくつかせ、眉根に皺を寄せた。(おび)えているのである。その身体は小さく震えていた。


 塊協半は、堕叉に向かって静かにうなづいて見せた。硬い髯がジャラリと鳴る。堕叉はそれを受けて阯駒の方を向き、

「ということで、運程跌には坦陸を緻密に見張るように伝えろ。すぐ発て。」

「はっ。」

 命を受けた阯駒は即座にその場から消えた。


「お前ら、坦陸を攻めるのね。」

 また昱右が口を挟み、

「絶対に略奪するんじゃないわよ。」

 そう言って全員を睨みつけた。

 塊協半、土考は昱右の視線を受け止め、塊案は目を()らし、堕叉はそっぽを向いた。

「そんなことしたら、あたし抜けるからね。」

 昱右は腕組みし、小さな身体から発せられたとは思えないドスの効いた声で周囲の荒くれたちに(すご)んだ。揆朋楓は溜息をつきながら彼女に歩み寄り、肩に手を置く。

「分かったよ。あたしらは坦陸で略奪をしない。あんたが抜けたら困るもん。」


 ここで塊協半が初めて口を開いた。

「俺たちが決起した意味は、昱右の存在にこそある。誓おう、民衆からは略奪しない。」

「ふふ。分かったわ。」

 昱右は塊協半に笑顔を見せた。童子のような愛くるしい表情だったが、すぐ笑いを引っ込め、険しい顔に戻る。


 眞暦1807年6月6日夜。

 田舎町、塢宜の貧民街の一角で、塊協半たちは歴史的な決断を下した。


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