第六話
6月5日の昼。
坡州中部に位置する小市、塡保の空は厚い雲に覆われていた。
「なんだよ、いいじゃねえかよ!」
土哭は、口を尖らせていた。
針の如き細い狐目を据えて、分厚い胸板を反らし、眼前の魏同舞隷安に不満をぶつける。
「お前、何度言ったら分かるんだ。そんなの無理に決まってるだろが。」
それに対して魏同舞隷安は185cmの巨体で身じろぎもせず、顔中を埋め尽くす黒髭をそよとも動かさず、即答した。
「家に戻るぜ。」
「待て、もっと話を聞けっ。」
土哭は、逃げようとする魏同舞隷安を慌てて引き留める。
二人は貧民窟におり、細い路地で立ち話をしている。曇天だから暗いのか、それともくすんだ地面の黄土、密集した家々、道端の異臭なぞの為か、ともかく昼なお暗い、気の沈んだ場所で二人は対峙している。
そもそも塡保という場所自体、貧しい町である。町を囲う壁はなく、水の涸れた濠がめぐるのみ。盗賊に襲われ放題だが、彼らも盗るものがなく、腹いせに人殺しだけして帰るのが常だった。
そんな貧困の町だから、雰囲気が暗くても仕方がない。
とはいえ、土哭の声には張りがある。
「塢宜の褐剣髯が風雲に乗ろうとしているのだ。派手好きな『三巨熊』なら二つ返事でついてくる筈だろう?」
袖を千切った上衣から丸太のような二の腕を剥き出し、話す度に力瘤がピクついている。
土哭は塊協半のもとにいる豪傑、土考の弟である。土考と並ぶとそれほどの巨体には感じられず、身体も細く見えるが、180cmに迫る堂々たる体躯と何よりも身体を覆う隆々たる筋肉が特徴的である。
対する魏同舞隷安も巨躯を誇る。
上背も土哭より5cm超高く、髭だらけの顔と相まってまさに熊である。
「熊をなめるな。自ら死地に飛び込む程、熊は馬鹿じゃねえ。」
魏同舞隷安は海鼠型の眼をかっ、と見開いて土哭を睨む。
「死地だと?」
「三ヶ国連合に包囲され、絶対絶命の坦陸なんて、死地以外の何だ?」
その声は震えている。
「お前の頼みだから、応えてやりたい。だが、無駄死にはすべきでない。」
「無駄、だと?」
土哭の身体も震えた。
「それでも、巨熊か!」
しかしそんな土哭の挑発にも反応せず、塡保三巨熊の一、魏同舞隷安はくるりと背を向け、暗い路地から立ち去った。
貧民窟に一人残された土哭は、
「死地だの、無駄だの、情けねえ。」
と嘆き、奥歯をギリギリ鳴らした。




