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step17.フォーリンラブ

「ああ、うん。聞いたことある」

 肩から力を抜き、アコは由基から手を離す。アコの体が後ろにずれて角度が変わり、表情がわかるようになる。これだけのことをしでかしながら、アコはきょとんと丸い瞳で由基を見つめた。

「それが何?」

「そういうことだよ」

「…………」

 また沈黙が広がって、ふたりの間に野鳥のさえずりが流れる。


「……ヨッシーは、そんなことが怖いの?」

「そんなことって」

「だって、それはそうじゃん。気持ちなんか変わるもん。ずっと気持ちは変わらないなんて簡単に言っちゃうのは違うもん」

「な……」

「アコは今はヨッシーが好き好きだけど、だからって先のことを試されても困っちゃう。そんなの、アコにだってわからないよ。でも、それなら」


 再び上半身を屈めて、アコは由基の顔を覗き込んだ。

「由基もアコを愛して? そしたら、さっきみたいに惚れ直しちゃうから。また好きになっちゃうから」

「……」

「あは。これで解決じゃん。三年が順々に延びてくんだよ。ね!」


 そうなのか? そんなに簡単なことなのか? 自分の言ったことに満足そうに微笑んでいるアコを見上げて由基は返す言葉がない。こっちが子どもみたいに言いくるめられている。反抗心がわかないでもない。ただ。


「ヨッシー?」

 少し不安そうに眉を寄せてアコは首を傾げる。彼女の視線から逃げるように由基は手を上げて目元を覆った。


 この子は強い。わけもわからずとにかく強い。三咲よりも、琴美よりも強い意志の力。由基なんかが敵うわけがない。これも恋愛脳のポジティブさなのか?


「ヨッシー。アコは今、ヨッシーがいいの」

 ふと三咲が言っていたことを思い出した。失敗したとしても、アコならいくらでもやり直しがきく。むしろ由基にだって失うものは何もない。それなら、簡単に考えてみてもいいのかもしれない。


 手をどけると、日差しに視界が眩んだ。目を細めてアコを見る。もみあったせいか、アップにしてある髪の毛がほつれて少し崩れていた。背後からの光が、輪郭を縁取ってやさしく輝いていた。

 若いからだけの眩しさではないのかもしれない。少しだけ、そう思った。


「よっと」

 起き上がると、膝の上に乗ったままのアコは倒れそうになったが自分で器用にバランスを取っていた。吊り橋がまた揺れたが、もう慣れたのかさっきよりは怖くなかった。


 そのまま、そっとアコを抱きしめた。腕を回してみると背中の小ささが実感できて力の入れ具合に困ってしまう。何より、とたんにアコはびきっと凍りついた。

 自分からはあんなに大胆にスキンシップをしてくるくせに、こっちから触れるのはダメなのか?


「やっぱり、もう一年は我慢しないとなあ」

 なにしろ自分はおっさんで、彼女はJKだし。


 かちんこちんに固まったままアコは激しく瞬きする。由基はちょっと笑ってしまう。

「結婚するんじゃないの?」

「するする! するに決まってる!」

 呪いが解けたようにアコは身動きして、ぎゅうっと由基を抱きしめ返した。




 立ち上がってみれば度重なる衝撃のせいでか足ががくがくで、アコに引っ張ってもらって美術館の園内へと移動した。

 自然公園の素朴な広場の芝生と違い、青々と美しく整えられた芝生の庭園のあちこちにも彫刻が点在していて、ときおり首を傾げながらひとつひとつを鑑賞した。


「ねえ、ヨッシー」

 芸術的な庭園に見合った装飾の白いベンチで一休みしながら、アコは自分のつま先を見下ろし彼女らしくない小さな声で尋ねてきた。

「ちゃんと、アコのこと待っててくれる?」

「うん」

「由基はモテるから心配だよ」

 ここ数か月が異常だっただけで、まったくそんなことはないのだが。


「三咲さんみたいに、同い年に生まれたかったな」

「それはイヤだな」

 即答すると、アコは目を丸くして由基を見つめてきたが。

 だって、それはそうだろう。それほど波乱万丈でもなかったが紆余曲折あったうえでおっさんになった自分が、今はまだJKの彼女と、どういうわけか出会ったわけで。そうでなかったら、別の物語になっていた。


「そだね」

 説明はしなかったのだが、アコはアコで何かしっくりきたようだった。

「待ってるから、アコちゃんはアコちゃんでいろいろやってみてほしいな」

「いろいろって?」

「いろいろ。いいお嫁さんになりたいってアコちゃんの願望は可愛いとは思うけど、それはそれで。もっと世界を広げた方がいいっていうか」


「アコ考えてるよ。ことちんの大学目指そうかなって」

「ほんと」

「うん。国際的ですごいな、面白そうだなって。アコ、知らないことばかりだし、勉強ものすごく頑張らないとだけど、できそうな気がするんだ」

 へへっと笑う顔からは彼女の自信が透けて見える。それはそうだろう、とても頭がいい子なのだから。


「ヨッシーと会ってから変わったんだよ?」

 俺もかな、などとスカしたことを内心でつぶやきつつ、なかなかこういうことを言葉にはできないなあと感じる。


「ねえ、ヨッシー」

 アコがまた由基の上着の袖を引っ張った。

「アコのこと好き?」

 さっきの自信はどこへやら。不安そうに眉を寄せて瞳をうるうるしている。

「……」

 口元を手で隠し、由基は心臓のばくばくを落ち着ける。


 おっさんだって恋したいし愛されたい。それなら、ストレートに伝えることも必要で、いやというほど思い知った。言葉が足りなくても気持ちがあればいいけれど、言葉もあった方がいい。


 手を下ろし、覗き込んでくるアコに向けてようやく一言伝える。恥ずかしくてまた口を覆う。日差しが突き刺さる頬が熱い。


 アコは、くすりと笑ってぴたっとからだを寄せてきた。

「ヨッシー、大好き」

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