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step15.ターニングポイント(2)

 四歳年下の妹が結婚したときには、兄が先を越されるなんてと母親を始め親族の女性陣にさんざんネタにされて辟易し、おかげで実家から足が遠のいた。孫が生まれたとたん母親はそっちにかかりきりになり、遠方で暮らす息子のことなどほったらかしになったのだけれど。


 なんてことはない、ある時期を過ぎると結婚結婚とやかましく言われることはなくなり、逆に触れてはいけない話題のように気を使われる。職場の女性陣も心得たもので、上司がソロで女気もなさそうだと察すると由基本人にその手の話題を振ることもない。

 ときおり、本当にときおり、ほんの少し居心地の悪い思いをすることを除けば、まことに快適なシングルライフを送っているのである。


 親しい友人が身を固めればそのたびに意識しないではなかったが、その後の浮気騒動や離婚騒動を聞かされれば、やっぱり面倒そうだなという思いを強くした。他人の体験を通して現実を知れば知るほど由基自身の結婚願望は薄くなったわけである。


 それが三咲の言ったところのロマンチストゆえだとするならそうかもしれない。年を取れば取るほど恋愛と結婚の距離が縮まるから、恋愛さえ面倒だと思うようになった。

 自由と引き換えのわびしさなのだと思えばおひとり様なことはまったく苦にならない。寒々しい部屋でひとりでカップラーメンをすすっていることだって、自分が好きでやっているのだから。


 それをなんだ、寂しい独身中年だと思って、結婚なんて餌をぶら下げればよろめくとでも思っているのか? なめられたものである。こっちだって生半可に独身を貫いているわけではない。こういう生活を選んで独身なのである。ひとりはいい。自由だ。JKなどに割り込んでほしくない。


 カップラーメンのスープを最後の一滴まで飲み干して由基はよし、と結論を出した。結婚? ないない。絶対にない。絶対に、揺らぐものか。





「ヨッシー、けっこん!」

「結構です」

「けっこん、けっこう? きゃは、ネタみたい」

「間に合ってます」

「んもう、由基の意地っ張り」

 意地など張っていない。これが自然体なのだから。


「結婚て、好きな人とするんじゃなくて、結婚したいなって思ったときにそばにいる人とするものなんだって」

 アコの言い方が微妙に気に障って、彼女を振りきろうとしていた足が止まってしまう。苛々した気持ちのまま振り向くと、アコは余裕な表情で由基を見上げていた。わかっていて言っているのか、この娘は。


「……俺はそもそも結婚したいと思っていないし、そういう考えも好きじゃない」

 自分で思った以上に冷たい声音が出た。何スカしたこと言ってんだよ、と自分で自分に突っ込む。内心で揺らいだ由基とは反対に、アコの方は心から余裕な感じの表情を崩さなかった。

「ふふ、それならまずは結婚を前提のお付き合いだね。デートしよ」

「しません」

「デートしよ、で・え・と。まずはお互いのことをよく知らないとだもん」

「もう充分です」


 結局のところ、そんなやりとりはこれまでと変わらずで、なのにこっちの消耗だけが二割増し程になった気がする。三咲はこれを「本丸に突撃しておきながらの消耗戦」と題していた。

「そりゃあ、体力も気力もないおじさんは白旗あげるしかないよねえ。屍になる前に降参したら?」

「うるさい」


「アコちゃんてほんと大胆」

 ほうっと溜息まじりにもらす琴美の前で三咲はけたけた笑った。

「若いからだよね。失敗したとしても痛手を負うのはおっさんだけ、若い方はノーダメージでいくらでもやりなおせるもん」

 そうなのか。そうなのか?


 琴美の退職の話をするため事務所に三人で集まったのだが用件は数分で終わってしまい、あとは由基がいじり倒されている状態だ。そんな中、琴美が改めてつぶやいた。

「結婚かあ。そっかあ。わたしも、今からでも立候補しようかなあ」

 ちろっと上目遣いに視線を投げられ、不覚にも心臓が跳ね上がる。


「ことちゃんことちゃん。今のタイミングでそれは冗談にならないから」

「そうですね、ごめんなさい」

 三咲に言われて琴美は素直に頭を下げた。冗談だったということだ。由基はなんともいえない気持ちで肩を下げる。翻弄されすぎて自分でもぐちゃぐちゃだ。そもそも、アコのあれだって冗談かもしれないのだし。


「わたしはともかく、アコちゃんは本気ですよ」

「だねえ。あの子はいつでも本音で本気だものねえ」

 逃げ道を探していたのが見え見えだったのか、ばっさりと退路を断たれた。

「ちゃんと、応えてくださいね。じゃないとわたしも納得できません」

 きりっと力強く琴美は由基を見据える。

「はい」


 なんだか琴美の方が三咲よりも容赦がない。三咲はといえばにやにや笑いながら由基を見ている。態度は異なるふたりだが、すっきりと何かを片づけた後のような妙なさっぱり感を漂わせているのは同じだ。

 自分もそうなりたいところなのだが。長机の上の書類を揃えながら由基は重くため息を落とした。

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