step13.エンクロージャー(4)
「朝ごはんは八時半だって。その前に朝風呂行く? ことちんもさっきお風呂に行っちゃったよ」
「そうだな」
露天風呂はこの時間ならなおさら気持ち良さそうだ。アコと一緒に客室を出て、大浴場への入り口で別れた。男湯と女湯が入れ替わっていて、昨夜とは別の露天の岩風呂に浸かることができた。
今日も昨日と同じく快晴だ。風もなく湯船からの蒸気がすっきりと蒼い冬空に立ち上っていく。頭の中のもやもやも一緒に空に消えてなくなればいいのに。
風呂上がりに脱衣所の洗面台にあったカミソリでひげも剃ってしまってさっぱりしたものの、客室に戻るのに足がどうしても重くなる。年長者として、自分がしっかりせねばと思うから余計にプレッシャーがかかる。胃が痛くなりそうだ。
部屋には既に朝食の準備ができていて、純和風の料理の数々が座卓に並んでいた。
「朝から豪華だね」
またうきうきした様子で手を合わせ、アコはいちいちはしゃぎながら料理に箸をのばす。子どもは朝から元気だなーと思う。
琴美は由基と向かい合うと朝のあいさつをし、前回のように無視はしなかったが終始俯き加減で、口数も昨日に比べて少なかった。その分、アコのおしゃべりが多くて空回りしているようだったのは、気のせいだろうか。
チェックアウトは午前十一時なので、まだゆっくりともう一度風呂に行くこともできたのだが、アコがロープウェイに乗りたいと言い出して、朝食のすぐ後に支度をして宿を出た。
由基のマイカーで目と鼻の先の観光施設に向かう。営業時間が始まったばかりの園内は、まだ寒い時間帯なこともあって他に観光客はいなかった。空っぽのゴンドラも、回り始めたばかりのようで、整備をしていた係の人がついでのように三人を案内して乗せてくれた。
最初、幹線道路の上ぎりぎりを通過したゴンドラは、ゆっくりと山の斜面を登って行く。アコは「怖っ」とか「海だー」とか声を上げながらスマホで撮影ばかりしていて、琴美も景色を写真に撮っていた。
山頂の展望デッキも無人で、雄大な富士山を眺めることができるベンチを独占できるのはなかなかの贅沢だった。が、やっぱり寒くて長くは留まれない。自販機で暖かいコーヒーを買い、それを両手で包みながら帰りのゴンドラに乗り込んだ。
由基は昼から仕事だし、このまま帰ろうということになる。女の子ふたりを送って行くことにして、クルマを走らせる。
運転中はいつもラジオをかけているので、このときにも地元FM局の番組が流れていたものの車内は静かで、「乗せてもらうの初めて。アコが助手席ね!」と最初は騒いでいたアコも今は無言で顔を少し横に向けて窓の外を眺めているようだった。
「ことちん寝ちゃったね」
小さな声でアコが教えてくれたが、とっくに気づいていた。後部座席の琴美は、運転席側のドア脇にもたれて眠っていた。
「朝、目の下が真っ黒だった。あんまり眠れなかったみたい」
「……」
「アコはぐっすりだったよ」
訊かれてもいないそんなことを自ら証言したアコは、それからまた黙り込んで窓の外を見やっていた。