step11.リスタート(3)
駅に向かって大通りを歩き出す。街路樹のイルミネーションやクリスマスカラーののぼりやポップ。まだまだ賑わいを見せている飲食店。そんなものが自然に目に飛び込んできて、ようやくまわりの景色を眺める余裕を取り戻せたのだと自覚した。
データを参照して本社への報告書作りなど、まだまだ仕事は残っているけど、山は既に越えたわけで。疲れすぎて食欲はないけれど今夜は缶ビールでひとりで乾杯しようと思った。
駅前にたどり着くと交差点の歩行者信号が青だったので小走りに横断歩道を渡る。マイカーを駐車してあるパーキングの入口へと足先を向けたとき、
「ヨッシー」
明るい声に呼び止められ、
「こら!」
由基は彼女の顔を見る前から目を吊り上げて振り返った。
「こんな時間に出歩いて」
「ん! わかってるから怒らないで。今日は特別」
予想済みの反応だったのか、アコは拝むように顔の前で両手を合わせて恐る恐る上目遣いで由基を窺う。
「何が特別……」
「だって。ヨッシーお疲れだろうなーって思って。はい!」
アコは両手で白い紙袋を差し出した。
「アコお手製のミートパイ。ヨッシーに食べてほしくて」
「…………」
腹に何か入れなければと思っていても、自炊はもちろん外食や買い物に行くのも面倒だと考えていたところだったから、こういう差し入れは正直嬉しい。
「ケーキも作ったけど、ヨッシーは甘いものは見たくないだろうなと思って」
その通りである。
「お疲れだろうから簡単に食べれるものがいいでしょ。ビール片手に手づかみで食べれる大きさにしといたよ」
気が利きすぎだ。ほんとに女子高生か。
「お疲れのヨッシーにアコがしてあげれること、一生懸命考えたんだ」
これはちょっと……かなり嬉しい。
「ね、嬉しい? ぐらっときちゃった?」
だが、ここぞとばかりにアピールしすぎだ。
「アコ、このままお泊りに行ってもいいよ?」
「いいわけないだろ。早く帰りなさい」
「ちぇー」
口を尖らせながらもアコはなんだか楽しそうで。首に巻いたマフラーに小さな顎を埋めて笑った。
「ハッピークリスマスだね、ヨッシー」
「……ありがと」
紙袋を受け取って礼を言うと、アコは目をきらきらさせて飛び跳ねた。
「えへ。ヨッシーが喜んでくれるとアコも嬉しい!」
「こら、静かに……」
「はいはーい。じゃ、アコは帰るね。メリークリスマス!」
だから静かにしろと言うとろうが。でも、小走りに駅の道を遠ざかっていく背中を見ながら、まあいいか、とも思う。街中はまだクリスマス気分で浮かれている。泥のように疲れ切っていた由基の体も少し軽くなった気がした。
マイカーで自宅アパートに帰り、とりあえずビールの缶を開けて一息つく。アコの差し入れのミートパイはまだほんのりと温かく、肉とトマトの匂いが漂うとぐううっと腹が鳴った。
とはいえ、やっぱりあまり重たいものは、と思いながら一口かじってみると、バターの香りのするパイ生地はさっくりと軽く、ひき肉のフィリングは予想外にあっさりした味で、ぱくぱくとふたつ平らげてしまった。
率直に美味かった。腹も気持ちも満たされた。明日も朝から出勤だから早々にシャワーをすませて布団に入る。スマホをチェックしながら、やはりお礼のメッセージを送るべきかと考える。
『ごちそうさまでした。美味しかったです』
最低限の言葉を送ると、すぐにアコから返信がきた。
『お嫁さんにしたくなった??』
あの娘は、どうしてすぐにこういうことを言うのだろう。黙ってさえいてくれれば…………などと考えてしまい。由基はそうじゃないだろ、と×印のスタンプを送り、もう反応するもんかとスマホを放置して掛布団を頭の上まで引っ張り上げた。