step11.リスタート(2)
『とりあえず予約の目標数は達成だね。パートさんたちに感謝だよ』
「はい。わかってます」
『今年もセールの三日間通しで出勤してくれた人には手当を出すから、早めにシフトを組んで提出して』
「はい」
電話の向こうのエリアマネージャーにかしこまって返事をしていると、相手の声音に笑いがまじった。
『で? お正月には両手に花でデートに行くの?』
完全に面白がっている口調で三咲はころころと笑い声をあげる。こいつの情報網はどうなっているのか。
「なんでおまえは喜んでるんだ?」
仕事の話ではないので由基も言葉使いを改める。
『だあって、おもしろいじゃん。モテ期到来。あんただって嬉しいでしょ?』
「モテてるって言うのかな……」
閉店後の静かな事務室の中、由基はデスクチェアの背凭れによりかかりながら電話に向かってつぶやく。
『なにさ。この期に及んで』
「若い頃の惚れた腫れたなんかまやかしだろ」
『それ、若いとか年くってるとかじゃなくて、タイプの違いだから。あんたがそういう人だからって、ウエメセな決めつけやめなさいよ』
「なんだよ、そういうって」
『恋愛不感症』
冷たく言い切られて由基はちょっと言葉に詰まる。
「……なんだよ。その言い草」
『だってそうじゃん』
「あのなあ」
『とにかく。逃げてるばっかじゃオトナとして恥ずかしいよ』
「俺はちゃんと話してるつもりだ」
『自分ではそのつもりだって、子どもがきちんと納得できるように話せないんじゃしょうがないじゃん』
「子どもか」
『子どもは子ども扱いされると怒るんだよ』
「うん」
『付き合ってあげたら?』
「ムリ」
『あんたの〈付き合う〉は犯罪だものね』
「おい」
『カノジョ扱いなんて、あんたの方がどうしたらいいのかわからないんじゃない?』
それはそうかもしれない。そう思いながら疑問に思う。三咲はどっちの話をしてるんだ?
『もうさ、とりあえず付き合ってみたらいいのに』
「おまえはおもしろがってるだけだろ」
『否定はしない』
今は仕事の上司で、若かりし頃には憎からず思っていた相手に、なんでこんなことにまで口出しされているのか。そもそも、どうしてこんなことになっているのか。
たまたま夜道で、痴話げんかで絡まれていた女子高生を助けて、懐かれて、好き好き迫られて、何度断っても彼女はあきらめなくて。
職場の好みの女子大生から告られて、いやでも相手は従業員だし自分はおっさんだし、とはぐらかせば怒って無視されて。
知らない間にふたり、結託されて。
追い詰められている。どうしてこんな目にあうのだろう。悪いことなんてしていないはずなのに。
「俺は何もしてないのになぁ」
『あんたの場合、それがよくないんでしょうが』
呆れたようなため息まじりの声が耳に届いたかと思うと「じゃあね」とあっさり通話は切れた。
この御時世で前年比大幅アップというわけにはいかなかったが、クリスマスセール三日間の売り上げはどうにか体面を保てる程度の数字は確保できた。
予約のケーキの台数に間違いがないか何度も何度も確認し、引き渡しの際にもミスが起きないよう気配りをし、混雑する店内でも常にはなく神経を張り巡らせ、そこまでして対策をしてもトラブルは発生するものであるのだからと、即時対応できるようにと態勢を整え、三咲からは二時間ごとに電話がかかってきて売り上げを訊かれ、数字を読み上げる度に由基は胃が痛み、早く楽になりたくて息ができないほどだった。
毎年のことなのにこのプレッシャーには慣れることはない。
神経の細い店長とは反対にスタッフさんたちの方がよほどたくましく、みな笑顔で接客し、素早く商品を補充し、和気あいあいと声をかけあい楽しそうだった。琴美が「忙しすぎて目が回りそうなんだけどアドレナリンが出て興奮して楽しくなっちゃう」と話していた、まさにその状態のようだった。
とはいえ、営業時間が終わってみればカウンターの内側は資材を取り出した後の梱包材が放置されたままでぐちゃぐちゃ。製造室も片づけが間に合わず空のばんじゅうがびっちり。
掃除班とレジ締め班、予約で引き渡したケーキ伝票を確認する班とに分担して閉店作業が終わったのは、通常の退勤時刻から一時間も過ぎた頃だった。
「みなさん本当にお疲れさまでした。明日早番の人は大変だけど、よろしくお願いします」
由基はまだ日報を作らなければならないから先にスタッフさんたちに帰ってもらう。
「あの……」
店舗に残ってPOSレジのデータを確認していると、帰り支度を終えたらしい琴美が事務所から顔を出した。
「ことちゃん、帰り大丈夫?」
「はい。迎えに来てもらうので。店長はまだかかるんですか?」
「ほんの少しね。俺もすぐ帰るよ」
「……お疲れさまでした」
丁寧にあいさつする琴美を見送った後、無人になった事務所でパソコンに向かう。日報を作成し送信を終え、やれやれと由基も帰り支度をした。通用口の扉に鍵をかけ、脇の壁のパネルを開いて警備システムのキーを回す。




