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step10.サプライズ(3)

 由基よしきがやらかしてしまってから数日後――本人としては琴美の将来(?)を思い、なかったことにしておいた方がいいだろうと、精一杯の気遣いでああいう対応になったわけだが――シフトに入った琴美は一言も由基と口をきこうとしなかった。


 挨拶は目も合わせずに会釈だけ、業務連絡にも目を伏せたままただ頷く。琴美は怒ると口をきかなくなるタイプだと理解し、由基は情けない顔で自分の首の後ろを撫でた。


 数日間そんな状態が続けば他の販売スタッフの目も気になるようになるし、それより気になったのは、気まずい空気のままだったはずの三咲が何やらにまにまと機嫌良さそうにやって来たことだ。


 由基が学祭に出かけるためにヘルプにまで入ってくれたのだから、当然その日のことを根ほり葉ほり尋ねてくるはずだと身構えていたのに、三咲は一向に話を振ってこない。ただ、興味津々な表情で由基を窺うばかりだ。

 聞きたいことがあるならそっちから振ればいいのに、と由基が不機嫌になり始めたのを見計らったようにそそくさと帰ってしまった。なんなんだ。


 ため息をついてそのまま事務所でパソコンに向かっていると、裏口の扉が開いて琴美が出勤してきた。

「あ。お、おはよう」

 無視されるのに慣れつつあってもダメージを受けたくないので由基は彼女の顔を見ないようにしながらデスクチェアから立ち上がる。着替えをする琴美のために席をはずさねば。


「おはようございます」

 掠れ気味でもよく通る声が聞こえて、思わず振り向く。マフラーをはずしながら琴美は顔を上げて数日振りに由基と目を合わせてくれた。

「店長」

「はい」

「反省してくれましたか?」

「……とても反省してます」

「そうですか」

 琴美はにこりと笑った。良かった、今度は対応を間違えずにすんだようだ。


「わたしも反省したんです」

 ゆっくりマフラーをたたみながら琴美はひとことひとことはっきり話す。

「店長に気に入ってもらいたくて、嫌われたくなくて、いい子になりすぎちゃってたなって。だからいざというとき、うまくいかなかったからって、あんなに取り乱しちゃって。恥ずかしいですよね、ごめんなさい」

 ぺこりと突然謝罪をされ、由基はあたふたと手を振る。

「いや、俺はそんな……」


「でも店長に腹が立ったのは本当だし、だからって気持ちに変わりはないし、だからあのとき言ったことは取り消しません」

 あのとき言ったこと。「好きなんです」とあのときの琴美の声が耳によみがえって、由基は動揺する。かすかに頬を染めてそんな彼の様子を見ていた琴美は、またぺこりと頭を下げた。


「今まで態度が悪くてすみませんでした。今日から気持ちも新たに頑張ります」

「あ、よ、よろしくお願いします」

 よくあるビジネスシーンでの言葉のはずなのに意味深長に感じてしまう。若干警戒気味な気持ちを隠すように首の後ろをさすった由基に、琴美はにこりと微笑んだ。





「隙ありー!」

 とうっと、後ろから体当たりするように抱き着かれた。帰り道、信号待ちをしていた背中に、公園の木々の間から走り出てきた小柄な人影に。


「ヨッシー元気だった?」

 弾んだ声色は忘れもしない、出会った頃のアコそのものだ。梅雨が明け、夏を乗り越え、秋が深まり、初冬を迎えた今。相変わらず短い制服のスカートの上には今はブレザーを着てマフラーも巻いていて。


 横断歩道の手前の街灯の光の中に浮かび上がったのは、明るい茶色の髪をハーフアップにして盛り盛りアイメイクを施したギャルの顔。出会ったあの頃のアコの顔。


「うふふ。ヨッシー寂しかったの? そんなに見つめちゃって」

「んなわけあるか」

 自分の手に指を絡めようとするアコの小さな手を振り払って由基はかろうじて吐き捨てる。

「寒そうだからあっためてあげようと思ったのに」

「間に合ってます」

「ふふふ」

 アコは体の後ろで手を組んで余裕の表情で笑っている。


「ヨッシーの嘘つき」

「何が」

「ふふ、アコわかっちゃうんだから」

 何やらとんでもない勘違いをされていそうで由基は怖くなったのだが。

「ほんとはアコに会えて嬉しいでしょ?」

「……バカっ」

「ええ、ひどーい」

 きゃらきゃら笑って両手を出し、由基の腕を捕らえようとするから危うくよける。まったく油断も隙もない。


「あのね、ヨッシー。アコ決めたんだ。アコはアコらしさで戦うって」

 うっかりと、ほれぼれしてしまいそうな清々しさでアコは笑った。

「決めたっていうか。元に戻っただけだけど。ことちんとも約束したんだ。正々堂々戦おうって」

 なんだその運動会の選手宣誓みたいなのは。一体なんの話なんだ。

「だからね。由基にもいい加減覚悟を決めてほしいな」

 ちろっと、アコは由基を上目遣いで見た。

「アコもことちんも真剣だよ。なのにいつまでも適当にかわすんだったら、アコ、何をするかわからないから」

 脅迫じゃねえか! 由基はぞわっと腕に鳥肌が立つ。


「それは冗談だけどさ。ヨッシー、そろそろ男を見せてよ」

 口を尖らせてずいっと見上げてくるアコに由基はほとほと参る。

「あのね。愛とか恋とかって話なら、俺はほんとにそんな気はない」

「子どもは相手にできないっていうなら……」

「違う。俺はそもそも独りでいたいんだ」

 堂々巡りはごめんだと由基はそこはしっかり強調する。それなのに。


「嘘つき」

「嘘じゃない」

「ふーん」

 なぜか余裕の表情でアコは笑い、くるっと由基に背を向けた。

「まあ、いいや。またラインするねっ」

「おい」

「言ったでしょ、覚悟を決めてって」


 由基を見返ってにこりと笑い、アコは朗らかに宣言した。

「これからもよろしくね。ヨッシー」

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