ガールズトーク(1)
ベテラン販売員さんが気を遣って促してくれ、三咲はありがたく夕方に店舗から引き上げさせてもらった。
勤務年数がある程度長くなると、パートのままで待遇もよくなるわけでもないのに仕事への責任感と情熱を加速させる人というのがいる。あの店舗にもそういう人がいるから由基のような暢気な店長でもそこそこ盛り上がっているのである。
基本的に女は男よりも真面目で責任感が強い。だから「うちのクラスの男子ってふざけてばっかでそうじをきちんとやらないの」的な愚痴が生涯続く。生涯だ。
やれやれと三咲はため息をついて涼しくなった夕暮れの風の中を駅に向かって歩く。丁字路の一角、木々に囲まれた公園の前で信号待ちしていると、首の後ろがぴりっとした。社会で戦う女が備え持っているレーダー探知機が反応する。敵が近くにいる。
三咲はぐりっと首を回して公園の中を見る。木々の隙間にベンチが見える。ことちゃんみたいな子が座ってる、と最初は思った。琴美がいつもしているようなお嬢様風な清楚なファッションだったから。
しかし髪色は明るい茶色だし、何より爛々と輝く眼はむしろガラが悪い系のそれで、普段はギャルの娘が無理してそんな恰好をしているのじゃ、と三咲は推理する。ギャルという単語が浮かんだことでさらに閃く。もしやこの子は。
信号が青になっても三咲は動かずにいた。すると、じっと視線をつないだまま女の子が向こうから近づいてきた。
「オバサン、由基の会社の人だよね。お店で何回も見た」
「あ? 今なんて言ったかしら? 聞こえなかったけど」
「……おねえさんは」
「あなたアコちゃんでしょ?」
「……はい」
やっぱりね、と三咲はじろじろアコの全身を眺める。彼女が由基から聞いている通りの恋愛脳なのだとしたらこんな琴美の真似のような服装をしている理由はわかる。
「若いからしょうがないけどさ。駄目だよ、男の好みに合わせるようなことしたら。〈自分〉がないって宣言してるようなもんだよ」
「…………」
とんがっていたアコの眼差しが丸くなったと思ったら、うるうると涙が滲みだした。
「じゃあ、どうすればよかったの? ヨッシーもオバサンも同じこと言う。大人だからってなんでもわかった顔して! アコにもわかるように教えてよぉ」
秋の日は短く、黄昏時の街路には明かりが灯り始めていた。やれやれと三咲はまたため息をつく。
「仕事終わりでお腹空いてるんだよね、私。ごはん付き合ってくれる?」
「え」
「それからね、私のことは三咲って呼んで。今度オバサンなんて呼んだら……」
口元は優し気に微笑んでいても目は笑っていないという高等テクニックで相手を脅しつつ三咲は考える。
そうだ、全メニューを注文してもたった三万円的なイタリアンレストランに行こう。チープなのにクセになるグラスワインを飲みながら根掘り葉掘り由基との話を聞いてやるのだ。
「えーそれでアコちゃんも行ったんだあ。いいなあバル料理」
「このお店のと何が違うの?」
「そだねーイタリア料理とスペイン料理って似てるよね。あームール貝食べたくなった。頼んじゃお。アコちゃんほら、早くピザ食べなよ。チーズが固くなっちゃうよ」
「三咲さん、ヨッシーとエッチしたことあるでしょ」
「……いきなりだなあ」
「アコ、そういうのわかっちゃうんだから」
「はいはい。ちょっと待ってよ、店員さん呼んだとこだから。……で、なんだって?」
「なんかい?」
「一回だよ、一夜の過ち」
「ほんとに?」
「……二回だったかな」
「一夜の過ちじゃないじゃん」
「付き合いはしなかったもん。同じことだよ」
「なんで? 二回目あったら付き合うんじゃないの?」
「私も付き合うのかなーって思ったよ。だけどあいつはそういうセオリーが通じるオトコじゃないから。いいじゃん私のことは」
「アコのことは抱いてくれないのに」
「しゃーない。枯れたおっさんだから」
「枯れてないもん。アコの胸ちらちら見てるもん」
「マジか。アコちゃん大きいもんね。D?」
「三咲さんは着やせするだけでEはあるでしょ。アコわかっちゃうんだから」
「そこはことちゃんに勝てるね。うちら」
「うちら?」
「きたきた。ムール貝おいしそー。アコちゃんも食べな」
「ことちんみたいになれば喜んでもらえると思ったのに……」
「気持ちはわかるけどさ、オリジナルが目の前にいるのにコピーに反応するわけないでしょ」
「だって」
「あいつはむっつりだからさ、ことちゃんみたいに清楚でおとなしくて口答えしなさそうな女の子が好きなわけよ。むっつりだから」