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step9.ハートブレイク(3)

「なんなら有休取ればいいじゃない。あんた全然使ってないんだし。日曜日? 私がヘルプで入ってあげるよ」

 自社仕様のスケジュール帳を開いて淡々と打ち合わせをする三咲に、「でもマネージャー」とあくまで仕事のときの口調で由基は反論した。

「マネージャーは日曜日に仕事してていいんですか? お子さんの相手をしてあげた方がいいんじゃ」

 今更だとまた怒られるだろうとは思うが、あの後、由基なりにつらつら考えてみたのだ。


 三咲の子どもは男の子が二人、今は中学生と小学生だろうということまで思い出した。別れた旦那が入り婿だったのなら子どもを連れて出ていくとは考えにくいし、三咲がバリバリ働いている以上、子どもの世話は三咲の母親に任せているのではなかろうか。そんな推察までしてみた。だったら休日くらい子どもと一緒にすごした方がいいのではないか。


「余計なお世話」

 予想通り、三咲はぼそっとつぶやいた。が、てっきり睨まれると思ったのに反し三咲は力なく製造室のリノリウムの床に目を落とした。一緒に沈黙も降り積もっていく。

「……私のことはいいから。あんたはことちゃんの学祭に行ってあげなよ。マネージャー命令ね」

「おいおい」

「ぐだぐだ仕事を言い訳にするの、悪しき慣習だよ」

 おまえもだろ! と思い切り返そうとして息を吸い込んだところで三咲が顔をしかめているのに気づいた。どうやら言われる前に自認したようだ。ふーと息を吐き出した由基を三咲が真率な表情で見る。


「なんなんだろうね、うちら」

「ほんとにな」

「いいよ。優先順位をつけようよ。ことちゃんの方は日取りが決まってんだから決定ね。あんたは日曜に有休を取る」

「……わかった」

「私の方は慌ててどうこうできるもんじゃないからさ」

「大変なのか?」

「店のことがあるからね」

「店長だったんだもんな」

 店舗のことは婿に任せていたのにいなくなってしまったので、今は敏腕オーナーである三咲の父親が別の仕事と兼任で店長に戻っているようだ。


「崩れるときには早いよね。いろいろさ」

「あのさ……」

「今度ゆっくり、とか言わないでよ」

 今度こそぎろっと三咲は由基を睨み上げた。

「あんたに話すことなんてないんだから」

「わかってるよ」

 しょんぼりと頭の後ろを掻いていると三咲の眼差しが和らいだ気もしたが彼女は「有休届ちゃんと出してよ」と言葉を添えただけだった。





 周囲のあたたかな協力(?)により晴れて日曜日、有給休暇を取った由基はゆっくりと朝寝を満喫した上で昼前に約束の大学祭へと向かった。


 考えたあげく毎日通勤で使用している駅前パーキングに愛車を置いていくことにして、店とは真逆の駅北方向へと十五分ほど歩く。通称学園通りには小中学校や高校が建ち並び、琴美の通う私立大学のキャンパス内への正門もこの通りにある。


 大通りのイチョウ並木は紅葉が盛りで、歩道にも黄金色の絨毯が広がっていた。銀杏がたくさん落ちているので拾って持ち帰る人がいるのだが、今日は普段より人通りが多いので踏み潰されてしまった実からの臭いが酷い。これも風物詩といえるだろう。


 大学の正門前は実に賑やかで、入ってすぐ右手の広場では揃いのTシャツを着た何かのサークルの集団らしい学生たちが大道芸みたいなことをやっていたし、メイン通りには夏祭りのときのようにじゃがバターやチョコバナナやたこやきの出店が並んでいて、これを営業しているのが学生だと思うとすごいなと感じる。


 卒業生ではないが何度か足を運んだことのある由基は、琴美のくれたチケットに記してある15号館を目指した。あの新しい建物がそうだろうなとあたりをつけたのがやっぱりそうで、一階のホールには面白い形のソファが点在していて、一般の来場者がくつろいでいた。


 バル喫茶の場所は2Fとあったのでホールの奥のY字階段を上ったものの、分岐のところで左右をどちらに行こうか悩む。首を傾けて順々に辿ってみると、右手の手すりに赤い色紙に黒字で「バル喫茶はこちら」と記された表示がぶら下がっていた。


 それで右側へと行くと、階段を上りきった先はいくつか教室の扉が並んだ廊下で、その半ばの引き戸が開け放してあって話し声や音楽が漏れ出ていた。近づいてみると階段にぶら下がっていたのと同じ赤地に黒字のポスターが扉の嵌めガラスの下に貼り付けてあった。

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