表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
32/63

step8.セカンド(3)

 片づけと清掃が終わったスタッフたちに先にあがってもらい、いつものようにひとりで日報の作成と送信を終えた後、戸締りをして店を出た。

 交通規制が解除されたばかりの大通りは渋滞気味のようだった。歩道にも浴衣や甚平のグループがまだたむろし、居酒屋もどこも満席のようだ。なんにしろ景気がいいのは良いことだ。


「お疲れさまです」

 通りで突然声をかけられ、由基はどきりとする。スマートフォンを片手に持った琴美が笑みを浮かべて立っていた。

「あれ、どうしたの」

「母が迎えに来てくれるのですけど、車だとここまで時間かかっちゃうみたいで、駅前まで歩いてこいって言われちゃいました」

「道混んでるみたいだからね」

「一緒に行っていいですか?」

 わざわざ訊かれるとうろたえてしまう。由基は強いて無表情で頷く。


 今日のイベントは全て終了しているだろうに神社の方向はまだ明るく更に賑やかだ。だが帰ろうとしている人たちも多く、駅の方向に向かって人の流れができている。


「今日はほんとにありがとね。来月の給料期待してて」

「そんな……でも嬉しいです」

 はにかんだ顔で笑って、琴美は少し口調を改めた。

「終わってみたら、わたしの方こそお礼を言わなきゃって思ったんです」

「は? なんで。無理言ったのはこっちなのに」

「あ、はい……、すみません、ヒドイなんて言っちゃって」

「その通りだし」


「でもわたし、やらせてもらって良かったって今は思ってるんです。喉元すぎればってみたいで調子がいいですよね。でも、店長に無理言ってもらって良かったって」

 人込みの中で声が届いているだろうかと気にする風に琴美が由基を見上げたので、聞こえてるよ、とまた頷く。


「わたし、声が小さいし人見知りだし、ディベートの授業でもうまく発言できなくてほんとダメだなって。だから今日も初対面のお客さん相手に説明なんてできない、呼び込みなんてできないって最初は思ったんですけど、けっこう、できたんです」

「うん。マネージャーが褒めてたよ」

「はい。三咲さんに褒められると、なんか嬉しいですね」

「俺とはありがたみが違う?」

「や、そういうわけじゃ」


 琴美は恥ずかしそうに少し俯く。調子に乗ってからかってしまったことを由基は悔やむ。つい、琴美の素直さが眩しくて。同じ若いからでも、アコとは別の眩しさだとおっさんは感じてしまう。


「あの……」

 駅前ロータリーへの横断歩道を渡り、交差点で改札へと向かう人波から外れ駐車場脇の歩道へと進んだところで、琴美はまた改まった口調で由基を呼んだ。

「昼間、お礼は何がいいかって訊いてくれたじゃないですか?」

「うん。何かある?」

「あの、まだ先の話なんですけど。十一月なんですけど。私の学校の学祭、来てくれませんか?」

「え、ことちゃんの大学?」

 思わぬリクエストに由基は怯む。いったい何故?


「うちの学部で、バル喫茶をやることになってるんです」

「バル、スペインの?」

「はい。スペインの居酒屋風の軽食とか、あとはカタラーナとか、スイーツも作ろうって。それでスイーツはわたしが担当する予定で」

「あー、なるほど」

 琴美はまた恥ずかしそうに笑って目を伏せた。


「これも今のバイトのおかげです。それで有志メンバーに誘ってもらって。でもちょっと自信がなかったんです。でも、今日のことがあって、そっちも頑張れるかもって」

「うん、大丈夫だよ。ことちゃんなら。お菓子作りってさ、レシピを守ることが大事なんだし、ことちゃんなら上手に作れるよ」

「じゃあ、食べに来てくれますか……」

「実際にはシフトと相談になるだろうけど」

「あ、そうですよね。わたしはその日はバイトの方には行けないわけだから。やだ、そんなことも気づかないで。すみません」

 真っ赤になった自分の頬を両手で挟んで琴美は謝る。

「ううん。興味あるし、行く方向で考えるから」

「ありがとうございます」


 頬を紅潮させて俯いたまま、琴美は消え入りそうな声でつぶやく。この雰囲気。やばいかな、と由基はまた思う。心臓から喉の辺りがさわさわしてしまう。


「お母さん、もう来るかな……」

「あ、来ました」

 交差点を直進して来た白いアクアがふたりの傍らを減速しながら通りすぎハザードを出して路肩に停車した。

「それじゃあ、お疲れさまでした」

「うん、お疲れ」

 慌てて駆け寄り車に乗り込む琴美を由基はその場に突っ立って見送った。ハザードが二三回ちかちかしてアクアは遠ざかっていく。


 由基はほっと息をついて愛車を駐車してあるパーキング内に行こうと踵を返す。と、スラックスのポケットの中でスマートフォンが震えた。

 取り出して画面を見ると、アコからのラインの着信通知だった。画像を送って寄越したようだ。アコとのトーク画面を開く。直後、由基はヒッと声が出そうになり、なんとかこらえた。


 画像には、今しがたこの場所で、微笑み合いながら話している由基と琴美の姿が写っていた……。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ