step8.セカンド(2)
由基は込み入っている店内の端を通って製造室へと行った。琴美はジュレのカップに生クリームを絞り出していた。
「ことちゃん、それが終わったら少しいい?」
「はい」
琴美の作業に区切りがつくのを待ちながら由基はざっと状況をチェックした。今日は店内製造は最初からあきらめ、普段はここでデコレーションしているケーキ類も工場品を仕入れてある。今日の製造の仕事は商品を解凍して仕上げの生クリームとフルーツを乗せるくらいだ。それだけなら由基はもちろん三咲にだってできる。
販売スタッフがすぐに補充で持っていけるように、製造室のチルドケースにはディッシュに並べた商品が既にぎっちり準備されている。
「ことちゃん、頼みがあるんだ」
「なんですか?」
改まった様子の由基に琴美は目を丸くしている。
「マネキンさんが一人来てないの、知ってるよね。連絡もつかないしもう来ないだろうなって」
「そうですね……」
「それで、ことちゃんにピンチヒッターになってほしいんだ」
琴美はえ、と帽子とマスクの間の瞳をもっと見開いた。
「商品のアピールなら、臨時の人よりことちゃんの方が的確にできるだろうし。呼び込みに反応して試食に来たお客さんの相手をことちゃんがしてくれればいいと思うんだ」
以前、接客は怖い、自信がない、と琴美はもらしていた。黙々と作業ができる製造が好きなのだと。それを覚えてはいるけれど、今は琴美に試食担当になってもらうのがベストなのだ。由基はそう信じて頭を下げる。
「ことちゃん、お願いします」
「……ヒドイです」
冷ややかな声にぎくりとなって由基は琴美の顔を見た。見開いていた瞳が潤んでひしゃげていた。
「店長はヒドイです」
繰り返され、由基は途方にくれて今にも涙がこぼれ落ちそうな琴美の瞳を見つめ返した。
「ごめん。そんなに嫌とは思わなくて」
「嫌です。製造担当なら売り場に出ることはないって店長が言うから安心してたのに」
「そうだよね、ごめん」
「それなのに頭を下げたりして。そうすればわたしがホイホイやると思ったからですよね」
「そんなことは」
逸らした視線を琴美の顔に戻すと彼女は泣いてはいなかった。
「わかりました。やります」
「え」
「頑張ってみます」
そう言う琴美の声は、震えている。由基は動揺してどうフォローするべきかわからなくなる。
「このまま外に行けばいいですか?」
「う、うん」
琴美のユニフォームは販売スタッフとは違うコックコートだ。ベレー帽と同じ色のコックタイも付けている。似合っているし可愛いと由基はいつも思っている。
胸の下で両手をぎゅっと握り合わせ、緊張の面持ちで琴美は戸外に向かう。
ショーケースの脇の長机で所在なさげにしていた三咲が、自動扉から出てきた琴美を見て納得したように目を細めた。続いて出てきた由基に「いいんじゃない」というふうに頷く。
「ことちゃん、こっち」
三咲が琴美を呼んで長机の上に試食品を並べる準備を始めたので、由基の方は歩道で試食のカップゼリーが乗ったトレーを手に声を張り上げているマネキンさんに、今後は呼び込みだけに集中して試食コーナーに誘導してくれればいいから、と伝えに行った。トレーの代わりに、商品のポップを掲げ持ってもらうことにして由基はほっと息をつく。
彼女が持っていたトレーを回収して戻ると、できあがった試食コーナーでは既に琴美の前に女子中学生のグループが群がっていた。まずは話しやすい年代なのではなかろうかと、由基はまたほっとする。購入はしてくれなくても、琴美の緊張がほぐれるなら万々歳だ。
「ここは私がいるから、あんたは早く製造に入りなさいよ」
「ああ。頼みます」
三咲に促され由基は急いで製造室に戻る。いつもは彼もコックコートなのだが今日はYシャツにベストという通常の店長スタイルだったので、Yシャツの袖をまくって白いエプロンをかけてから作業を始めた。
黙々とフルーツをカットしたり生クリームを絞ったり、CTWやホイップの準備をしている間、何度か補充の商品を取りに来た三咲が報告してくれた。
「ことちゃん、大分慣れてきたみたい」
良かったと、由基は心から安堵する。
「お手当はずまなきゃだよ」
「わかってる。来月調整する」
実際問題、バックレたマネキンに渡す分だった日給をそのまま琴美にあげたい気分だ。マジありがとう。他にもお礼をしないと、と由基は考えた。
日が暮れ、道々の提灯がオレンジ色に輝き出すと、祭り気分はぐっと盛り上がり山車の競り合いも最高潮のようで、神社の方向からここまでしゃぎりの鉦の音が届いた。
試食コーナーはまだ明るい午後五時で終了させ、マネキンさんには日給以外の謝礼として手土産と販促品のキャラクターグッズを渡すと「このキャラ好きなんです」と喜んでくれた。
店舗は通常通り夜八時に閉店し、三咲が仁王立ちして見ている前で由基は祈るような気持ちでレジスターを操作して今日の清算後の総売り上げ金額を出す。辛くも目標金額に達していて安堵の余り全身から力が抜けそうになった。
「よっしゃ! お疲れ。日報よろしく」
由基の背中をバンバン叩き三咲はじゃあ、と店舗を後にした。他にも仕事を抱えているだろうによく丸一日ここに居てくれたなと由基は思う。




