step8.セカンド(1)
大学が夏休みに入ると琴美がシフトに入ってくれる日数が増えて由基はとても助かった。相変わらずかいがいしく由基のフォローをしてくれるのでありがたくも気恥ずかしい気分になる。そう、あんな会話をアコとしてから。
『もういい』
ぐだぐだの豆腐になった由基に吐き捨てて、アコはあの晩電話を切った。もうこれでお終いだろうか。ぼんやりとムシのいいことを考えてはみたが、数日後にはアコは何事もなかったようにラインのメッセージを寄越した。
『夏休みなのでアコも勤労少女になります。忙しいからあんまり電話できないかも。ゴメンネ』
いやもう、まったくかまわない。このままフェードアウトしてくれてかまわない。自然消滅ほど楽な別れはない。ぜひそうしてもらいたい。
以前のアコのノリのままなら、事細かにバイト生活のあれこれをいちいちスタンプや画像で教えてきただろうと思う。ところが、あの晩のやりとりが尾を引いているのかアコは極めて義務的に朝晩の挨拶を送ってくるだけだった。
バイト先で年の近い男と仲良くなり、自分から乗り換えてくれればいい。そいつに夢中になっておっさんとのラインなど忘れてくれればいい、と強いて由基は願ったりした。
琴美がコンビニで買ってきてくれる昼食のチョイスに違和感を感じたのはそんなときだった。
コンビニ商品で由基が好む弁当やおにぎりやサンドイッチなんてものを既に心得ている琴美が選んで買ってきてくれるものにハズレはないのだが、それが毎日となると選択の幅があまりに狭く変化がないと感じる。文句を言えることではないからありがたく食べてはいるが。
あるときから、そこに目新しい季節商品が交じるようになって由基はお、と嬉しくなった。そうそう、たまにはこういうテイストの違うものを食べたくなるのだ。
目が輝いていたのがわかったのか、琴美は喜んでいる彼を複雑そうな表情で見やっていたのであるが、由基はそれにまったく気がつかなかったのである。
そうこうしているうちに地元の一大イベントである夏祭り本番が近づいてきた。商店街の先にある観光名所の神社をメイン会場に、お盆期間の三日間にも渡って開催されるこの街の歴史ある風物詩だ。
神社では流鏑馬や、故事をもとにした武将の出陣式が行われ、その後旗揚げ行列が街中を練り歩くのだが、十二頭もの騎馬が連なる騎馬武者行列は迫力があって華々しい。
更に壮観なのは地方に伝わる伝統芸能である祭囃子のしゃぎりだ。特に小学生を中心とした子どもしゃぎりが活発で、祭りの期間の間、笛や太鼓や鉦の音が街中で響き渡る。
各町内がそれぞれの山車を引き出し、しゃぎりを打ち鳴らして街道を練り歩きながら神社前に集う様は圧巻だ。テンポの良い曲調に合わせて観客も掛け声を入れたりうちわや提灯を振り上げたりして大いに盛り上がる。
そんな街中が高揚する祭りの中日に合わせ〈夏のひんやりデザートキャンペーン〉と銘打った試食販売会を設営したのだが、当日になってちょっとしたトラブルが起きた。
臨時採用したふたりのマネキン(試食販売スタッフ)のうちの一人がトンズラしたのだ。
「やられたね」
「すまん」
「見る目が鈍った?」
「申し訳ない」
「しょうがない。こういうこともあるよね」
三咲は苦々しげに、だが気持ちを切り替えるようにすっぱり言う。それで由基も何回かけても反応のない番号に電話をするのはやめた。トンズラした人間を追いかけても仕方ない。現場は今動いているのだ。
通りに面した店頭に臨時のショーケースとアイスケースが置かれ、興味を持った通行人は呼び込まなくても近寄ってきてくれるが、素通りする人間にもどんどん体当たりしていかなければ目標の集客は見込めない。それがマネキン(試食販売スタッフ)の役目となるわけだが。
由基が見込んで採用した二十三歳のWワークの女性は健闘してくれている。しかし一人きりでは取りこぼしが多い。やはりもう一人くらいいなくては。
だが臨時レジでの客の対応には販売スタッフが既に二人がかりで呼び込みにまわる余裕はない。他の商品も見ていこうと店内に入る客足も多く、中のスタッフもてんてこまいだ。そもそも、今日はフルメンバーに出勤してもらっていてヘルプの当てなどない。
いや、あるにはあるか。思いつきはしたが、それを実行するかどうか由基は迷う。
「もうさ、あんたがやれば、呼び込み」
いかにもめんどくさそうに提案する三咲に由基は真面目に返事をする。
「うちが八百屋か魚屋なら良かったがな」
三咲はショートカットの髪を揺らして大きくため息を吐き出し、それならとおもむろに腰に手をあてた。
「しょーがない、ここは私が」
「いや」
「え」
責任者が自らやる気になってくれているのに申し訳ないが。
「もっと適任者がいる」




