step4.デート(8)
「大丈夫、アコ上手だねって言われるんだから」
鮮やかなアイメイクにばかり目が行っていたはずなのに、その一言で小さな桜色のくちびるに意識を吸い込まれそうになる。
いかん。ここで思考を停止したらいかん。破滅する……! 由基は心の中で自分の横面を張り倒して正気を保つ。
「あのね、アコちゃん。自分がなに言ってるかわかってる?」
「もちろんだよ。アコ、ヨッシーにならご奉仕してあげ――」
「…………!」
由基は声なき叫びをあげながらアコの口を思わずふさぐ。まじヤバい。この娘はほんとにヤバい。
「やだヨッシー。もうプレイが始まってるの?」
始まってなーい!! あまりのことに声が出ず、由基はアコの身体を小脇に抱えるようにしてホテルの前を離れた。
来た道を引き返さず、更に古びた昔ながらの飲み屋が軒を連ねる裏道を抜けると、そこはアコと初めて出会った交差点。ちょうど青信号だった横断歩道を渡って由基はアコを連れ公園の中へと駆け込んだ。
雪解け水が湧き出す池がある公園には木々が多い。由基はアコから手を離して木陰のベンチのひとつに腰を下ろした。前屈みになってぐったりと頭を抱える。そんな由基を見てアコは不安そうな顔になった。
「ヨッシーまた気分悪いの?」
気分が悪いと言えば気分が悪い。
「お水買ってくるね」
アコは身軽く通り沿いにある自販機へと走って行った。アコがそばから離れたことで、由基はようやくゆっくりと息をすることができた。心臓がばくばくしている。当然だ、ヘタをしたらこっちが犯罪者になるところだった。こんなこと三咲にバレたら即解雇だ。つーっとヘンな汗が流れてくる。やはりアコにきちんと話して今日で終わりにしなければ。
「はい」
戻ってきたアコが由基にスポーツドリンクのペットボトルを差し出した。
「ありがとう」
水分補給は大切なのでありがたく飲ませてもらう。由基の隣に座ったアコはオレンジジュースを飲んでいた。
水分を体に入れるとますます汗が噴き出した。手の甲で額を拭っていると、アコが自分のハンカチを取り出して由基のこめかみの汗を拭いた。
「え、いいよ。汚れるよ」
「だいじょぶだいじょぶ」
さっき看病してもらったときもそうだったが、こういうときのアコはかいがいしさが板についているような感じがする。人の世話をやくのが嬉しいような。
「あのね、アコちゃん」
「ん?」
「君っていつもそうなの?」
「え?」
「その、知り合ってすぐに誘ったり」
「え、や。違うよ? アコいつもだったらこんなことしないもん。ほんとは誘い受けなんだから」
自分で言うなよ。
「でもヨッシーとはなかなか先に進めないからグイグイいった方がいいのかなって」
どうして先に進もうとするのか。前提としてそこがおかしい。