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商人と城主

「大丈夫かい、シェンちゃん」

「あっ、はい……お陰さまで、だいぶ良くなりました。ありがとうございます、ルーシン様」

「良きかな、良きかな。あたしゃ、シェンちゃんの事、気に入っているし。……アケライにはちょっとばかし、借りもあるしねぇ……」

「そうなのですね。……あの、ですけど……」

「うん?」


 中立地帯でもあるクァンロンであれば、スイシェンの傷を癒すのに好都合だと考えたのだろう。アケライは迷わず一旦の避難先に大陸最大の交易城市を選んでは、旧知の仲でもあるらしいルーシンの元へスイシェンを預けていた。

 しかし、彼が体を休めているのはいつかの武器屋ではない。いかにも豪奢な部屋には、これまた洒落た誂えの丸窓が余すことなく光を受け入れており……イヤに明るいと思って外を見やれば、しんしんと雪が降り始めていた。普通であれば厳しい寒さを気にしなければならないはずだが。寒ささえも気にしなくて済む程の境遇に包まれて、ぼんやりと外を眺めていると……そんな恩恵さえも叶える豪邸の主人が、恐れ多くも挨拶に来てくれたらしい。ルーシンが嬉しそうに笑顔を向けた先には、非の打ちどころもない程に完璧な佇まいの紳士が立っていた。


「あぁ、来なさったね。ほれ、カンミュイも挨拶しておきな。きっと、これから長い付き合いになるだろうから」

「えぇ、もちろんでございます、ルーシン様。さて……と。初めまして。私はカンミュイと言う。君がアケライ様のお客人かね?」

「は、はい……初めまして、カンミュイ様。俺はスイシェンと言います……」

「うむ、うむ。そう、固くならずとも良い。それに……なかなかにいい面構えだな。なるほど、アケライ様に鍛えられているだけはある」


 そう……スイシェンが迎え入れられたのはあろう事か、クァンロンの城主にして大商人でもある、カンミュイの屋敷だった。しかし、ルーシンとカンミュイの様子を見ている限り、立場が上なのはクァンロンにしてみれば「店子」であるはずのルーシンの方らしい。ニコニコと愛想のいい笑顔を浮かべつつも、予断なくカンミュイに事情の説明を促すのだから……尚もスイシェンを混乱させ続ける。


「カンミュイ。あのアケライが手放しでシェンちゃんを預けてきた理由……勿論、分かるよね?」

「心得ております、ルーシン様。さて……と。まずはどこから話せば良いだろうか……あぁ、そうだ。ここは1つ、ルーシン様のことから話せば良いですかな」

「おんや? あたしの事から話すなんて……カンミュイは相変わらず、奉仕精神も旺盛なんだから」


 アケライのことを話してくれるのかと思いきや、カンミュイはどうやら相当に周到な紳士でもあるらしい。何故か、この場では無関係と思われるルーシンの「存在について」から話してくれる。


「……ルーシン様はこのクァンロンの初代城主でもあり、マハカラと呼ばれる神様の一柱でもあって……」

「は、はい……?」

「ほっほ。ま、そういうことさね。今となっては、ラハイヤ配下の神様ってやつだぁね。雰囲気的にはバダルハ配下の死神と同じ立ち位置だと思ってくれりゃ、いいかな。一応言っておくけど、いわゆる福の神の一種だよ、これでも。と言っても……大昔はちょいと、暴れてた時期があってねぇ……。武器を作るのが得意なのは、その時の名残りなんだわさ」


 マハカラ。この大陸では商売繁盛を叶えると言われる、財福の神ではあるが……元は荒神であり、バダルハが気まぐれに生み出した人格の1つでもあったそうな。それがどうしてラハイヤの下に付いたかと言えば……やはり、そこにはアケライが絡んでくるらしい。柔和な面持ちを少しばかり引っ込めて、結局はお喋り好きなルーシン自身があらましを白状し始める。


「ま……有り体に言えば、負けたのさ。アケライに。気まぐれとは言え……あたしはバダルハにしてみれば、若気の至りで出ちまった黒歴史、ってヤツでね。その黒歴史を揉み消すために差し向けられたのが、アケライだったんだよ。……だけど、流石にあの子も神の一柱でもあるあたしを消すのは躊躇ったらしい。仕方なしに……バダルハじゃなくて、話が分かるラハイヤを頼ったのさ」

「そして……慈悲深く、責任感も強いラハイヤ様はマハカラ様を自身の配下として加えることで、バダルハ様からお守りになったのです。……弟君が気まぐれに人間に害を及ぼしているのに、気を揉まれたのでしょう」


 そんな事もあって、ラハイヤは彼に新しい名前を付けた。そうしてマハカラ改め、ルーシン……光の神の名を授かった彼は、マハカラ時代の富の神の側面だけを残しつつ、人間達に商売……延いては「等価交換」という交渉による「平和的解決」の手段を教えようとクァンロンを作り上げた。


「クァンロンは来る者拒まず、どんな者でもルールを守れば商いができるようになっているが……そうしたのには、少しばかり理由があってね。この城塞都市がどんな者でも受け入れるのには、君のようにバダルハ様こそに追われる身になった者を匿う機能も備えているからなんだ。何せ、バダルハ様は移り気で残虐な神様だからね。かつてのマハカラ様をお創りになった時のように、気まぐれに人間を驚かそうと……悪さをする事も多々あってね。ここはその被害者達をラハイヤ様の加護により、守るための場所でもあるのだよ」


 だから、安心して身と心を休めなさい……とカンミュイがそこはかとなく年代の重みを偲ばせる、穏やかな面差しを見せるものの。スイシェンにしてみれば、現状は楽観視できるものでは決してなかった。何せ……その最重要人物がこの場にいないのである。……決別しようとしていたとは言え、気になるものは気になる。


「……ありがとうございます、ルーシン様にカンミュイ様。ですけど……その」

「あぁ、分かっているさね、シェンちゃん。……アケライが今どこで何をしているか、気になるんだろ?」

「……はい」


 さぁて、困ったもんさね。

 ルーシンが膨よかな顎を摩りながら、ふむむと唸って見せる。それでも、どこまでもお喋り好きなルーシンのこと。結局は遅かれ早かれ知れる事だし……と、事情を話してくれるつもりになったらしい。ポツリポツリと、アケライという死神がどんな存在なのかを、白状し始めた。

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