死神の性分
「姉様、姉様、姉様っ! ……私は、ここであなたを解放するの。そして……」
ライ姉様を超えるの。
濁った瞳と、濁った言葉でメイラがアケライに爪を振るう。その身全てを鋼鉄の肌に変え、その命全てを闇に染め。本領を発揮している彼女が狙うは、ちっぽけな人間の魂ではない。その瞳が捉えて離さないのは、暗黒神・バダルハが何よりも固執した「お気に入り」の特別な魂。始まりは人間のものだったはずの魂は……彼女達の主人のみならず、死神達さえもいつかはその手で手折りたいと思えるほどに、甘美で数奇な輝きに満ちていた。
「……流石にこのままでは分が悪いか」
「あらぁ〜? クククク……ふふ……アッハハハハハ! まだ、そんな余裕ぶっているの? 本当に……大好きすぎて、おかしくなりそうよ、姉様! 今の私に切り裂けなものなんて、何1つないんだからッ!」
「……そう、か。だと、いいのだがな。……すまない。スイシェン。お前の蒼天を貸してくれ」
「えっ? ……別にいいけど……」
いよいよ激しさを増すメイラの斬撃に紅月だけでは対処できないと、判断しては。アケライがスイシェンに蒼天を乞う。そうして、素直に投げ返された蒼天を器用に左手で受け取ると……アケライも「少しばかり本気を出す」ことにしたらしい。今までスイシェンが見たこともない構えをして見せると……姿勢を低くしたかと思えば、目にも止まらぬ速さでメイラの懐へ飛び込む。そうして、緋色の刃と紺碧の刃とを交互に浴びせては、アケライがメイラの腹へ執拗な攻撃を仕掛け始めた。
「甘い、甘いわ、姉様! 今の私に、傷を付けようなんて……」
「……いや? 傷をつけるなんて、生ぬるいことをするつもりはないが?」
中途半端な手心は相手を無駄に傷つけるだけ。中途半端な温情は相手を無駄に悲しませるだけ。アケライはいつもいつも、そうだった。どんな相手に対しても無駄に傷つけるなどという、生ぬるいことは決してしない。そして、相手の弱点を見つけ出して一撃の元に斬り伏せろと、スイシェンにも常々、教え込んでもきたのだ。だから、一方のスイシェンには、アケライの本当の魂胆が手に取るように分かっていた。おそらく、今の彼女がしているのは……。
(……アケライはきっと、彼女の弱い部分を探しているんだ。だから……)
手っ取り早く弱点を見つけ出すために、手数を稼いだ方が効率的だと考えたのだろう。だからこそ、アケライは攻撃力を多少削いででも、数多の攻撃を繰り出しては……入念に掌に返される刃の感触と反響とを確かめている。しかし……。
(とは言え……普通はこんな相手に、そんな余裕は許されないと思うけど……)
相手がただ硬いというだけなら、いざ知らず。メイラだった菫色の魔が者は、大きな体躯の割には非常に素早く、いちいち隙のない攻撃を繰り出してくる。その全てを弾き、躱しながら相手の弱点を調べ上げるのは、並大抵のことではないし……そうそう許されることでもない。普通であれば、数分も持たずとズタズタに切り裂かれているだろうに。
「あぁぁぁぁ! もぅ! まどろっこしい!」
「……そう、だな。私もそろそろ、飽きてきた。……まぁ、いい。どうせお前の攻撃は私には当らん。……相変わらず、直情的に腕を振るいおって。そんなんだから、お前はいつまで経っても下級位のままなんだろうよ」
「はぁ⁉︎ ちょ、ちょっと! 何を言っちゃってくれてるの⁉︎ 成り損ないのクセに!」
アケライにしては非常に珍しい無駄口の挑発を真に受けて、怒り心頭のメイラが両の腕を振り上げたかと思うと、そのまま力任せに振り下ろす。掌で大地を激しく叩きつけ、切り裂いて……その衝撃はスイシェンが背中を預けている樹木の幹を根元からミシミシと悲鳴を上げさせる。その悲鳴が治まる頃に改めて見やれば…彼女の足元には痛々しい爪痕が深々と刻まれており、その先にあった木々は無惨にも縦に寸断され、倒されていた。
(アケライ……? アケライはどこだ……!)
まさか、今の一撃で存在ごと吹き飛ばされてしまったのだろうか? スイシェンが慌てて彼女の姿を探してみれば……アケライの方は無事も無事。どうやら、彼女はメイラの渾身の衝撃からの逃げ道を上空に求めていたらしい。そうして、両腕を伏したことで姿勢が低くなったメイラの頭上へ舞い降りると、そのままズドンと彼女の首元に紅月を振り下ろす……!
「カハァッ⁉︎」
「……だから、言ったろうに。直情的に腕を振るうな、と。……こうも頭を垂れられては、その首を落としてやりたくなるのは、死神のサガというものだ」
「ま、まさか……」
アケライが鋼鉄の響きを聞き分けていたのは、彼女の弱点を確実に探し当てるため。そして、アケライがわざと珍しい挑発の言葉を吐いたのは……メイラの弱点を確実に抉る隙を作るため。
「……お別れだ、メイラ。それにしても……本当にバダルハは悪趣味だな。わざわざ当て馬を用意してくるなんて……どうかしている」
「あ、あて……うま?」
メイラの憧憬はどこまでも、一方通行の報われないものだったらしい。一思いに縊り落とした一角の悪魔から、美しい女性の姿に戻されても。あれ程までにメイラの熱視線を浴びていたアケライが、彼女の亡骸に一瞥をくれてやることは……決してない。粛々と彼女から分離した紫雲を拾い上げては、蒼天をスイシェンに返却すると、さも当然の様に「行くぞ」と彼に短く移動を促すのみである。