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死神の本領

 きっと、彼女達は自分の存在そのものを巡って争っているのだろう。しかも、両方とも甲乙つけ難いほどの美女である。目の前の稀有な光景は、ある意味で男冥利に尽きることなのかも知れないが。……しかし、彼女達が争っているのはスイシェンの命であって、恋心ではない。彼を殺す、殺さないを巡るその争いは、痴話喧嘩にしては随分と荒々しく、熾烈なものだった。


「……うぐッ……! ちょ、ちょっと、なんでそんなに強いのよぉ⁉︎ ライ姉様は確か、降格してましたよねぇ? しかも……」

「元人間の成り損ない……だとでも言いたいのか?」

「え……あっ、別にそういうわけでは……って、キャァ⁉︎」


 あれ程までに「力尽くで」と豪語していた割には、メイラの立ち回りは明らかにアケライの太刀捌きに追いついていない。その言からするに、おそらく彼女はアケライが「降格」している状態であれば、勝てると踏んでいたのだろう。しかし、それはどこまでも甘すぎる希望的観測に過ぎなかった。しかも……。


(こいつは……アケライはまだまだ、本気を出していないな……)


 メイラにしてみれば、アケライの強さは想定外の異常でしかない。メイラが繰り出す剣戟の1つ1つをご丁寧に突き返すだけでは物足りぬと、全てにカウンターのお駄賃を添えて、アケライは相変わらずの無愛想な美貌で紅月と共に舞う。そのあまりに完璧な立ち振る舞いは冷徹を通り越して、ただただ嫌味ですらあった。


 尚、スイシェンには知りえぬことではあるが。死神は魂狩りの腕前と、バダルハから与えられている力の違いで階級が分かれている。アケライは降格しているとは言え、かつては最高位階級の死神であった。そして、その地位は彼女自身の実力に依る部分が非常に大きい。魂狩りの腕前……詰まるところ個々の武力は本人の固有能力でもあるため、いくら最高神でも奪うことはできない。アケライが失っているのは、本人は拒絶さえしていたバダルハの「悪趣味」という恩恵のみだった。


「くそッ……! 本当にどうなってるのよ⁉︎ というか……どーして、ライ姉様がそんな奴を庇わないといけないの⁉︎」

「……お前には関係ないし、話すべきことでもない」

「もぅ! わっけ分かんないしッ! こ、こうなったら……!」


 アケライの実力が生み出す余裕と、本人の気質でしかない冷酷な無関心とを、あからさまに向けられて。アケライの頑なな拒絶にいよいよ、メイラの中の何かがフツと切れた。そうして、アケライ相手に紫雲をただ振るうだけでは埒が明かないと判断しては……紫雲を「本来の趣向」に沿う形で使うことにしたらしい。少しばかり、ワナワナと震えた後で相棒の紫の鋒を鞘に戻すと、そのまま飲み込み始める。


「……愚かなことだ。お前がそこまでしてやる必要もないだろうに」

「ふふ……それは、どうかしら? 私は、姉様さえ戻ってくればいいの。……独り占めできれば、それでいいの。別に死んでようが、生きていようが構わないわ。さて、ライ姉様。殺されちゃう覚悟は出来ているかしら……?」

「愚問だな。……覚悟なぞ、とっくにできている」


 バダルハの悪趣味にして、死神達が与えられた特殊能力。それは、魂落としの刃と一体化し、悪魔に成り果てること。見れば、メイラは紫雲をしっかりと取り込み、鮮やかな菫色の悪魔に成り果てていた。頭には夜空を見上げる1本の角。背には夜空で仕立てた様に真っ黒な翼。そして……その顔は可愛らしい美女のものではなく、いかにもな髑髏の容貌へと窶れ果てていた。


「……シェン。よく見ておけ。これが私達の本当の姿だ。そして……ここで、こいつの仕留め方もしっかりと覚えろ」

「言っておくけど……俺は懲り懲りだからな。もう……巻き込まないでくれよ。それとも、まだ……あんたは……」

「あぁ、そうだ。私の方はまだ、諦めていない。……お前を巻き込むことも、お前を1人前にすることも。そして……」


 まぁ……話の続きは後だ。今はとにかく、こいつを鎮める方が先だろう。

 そうして相変わらず、肝心な所で寡黙になるアケライに不満を募らせても、尚。今更ながらにズキズキと痛む傷のせいにして、彼女から逃げ出すことも一旦は先延ばしにするスイシェン。どうやら、彼の保護者は意外と諦めも悪いらしい。人ならぬ唸り声を上げる菫色の死神相手にさえも、冷静で冴えた表情を見せながら……紅月を構えるアケライの後ろ姿を、その時のスイシェンにはただ、見守ることしかできなかった。

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