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狩人と獲物

 今宵のターゲットは2名分。切り裂くべきは、死神が取りこぼした尻拭いの魂。


 クァンロンで「本当の仕事」を体験してから、更に6年の年月を過ごして……スイシェンは18歳の青年になっていた。

 ライこと、アケライの本当の事情さえも明かされないまま。スイシェンはアケライと共にそちら方面の仕事もこなすようになっては、今では1人で示された相手を回収するまでになってはいたが。未だに、その存在意義自体を確かめられないでいる。


(……いや、今はそんな事を考えている場合じゃない。今夜も頼むぞ、相棒)


 彼らの本当の仕事……それは、死神と呼ばれる魂の狩人達のフォローである。そして、今ではスイシェンからも「アケライ」と呼ばれる彼女はかつて、第一線を直走っていた最上位階級の死神でもあった。しかし、1つの致命的なミスが原因で、アケライは回収班へと降格させられたらしい。

 しかし、本来であれば……スイシェンは彼が今ままさに虎視眈々と狙っているターゲット側の獲物でしかなかったはず。それがどうして、魂を回収する側のアケライが育てる事になるのだろう。スイシェンが相棒と呼ぶ武器を手にしたその日に、彼女達の正体もある程度教えてはもらえたが……未だに、アケライの本当の心の内は1滴も溢れてこない。


「……夜分遅くにすみません、アンフィ王妃」

「お、お前は誰ぞ?」

「俺があなたに名乗る必要はありません。ただ……できれば、お静かに願います。この後、あなた以外にも1名、片付けなければならないものですから」

「片付ける……ですって? アハハ……そんな不躾が妾相手に許されるとでも? 良い良い。妾とて……この力を手放すのは惜しい。ここでお前を逆に狩り取ってくれようぞ」

「……やっぱり、そうなりますか?」


 分厚く黒い外套の隙間から、相棒の魂を断ち切る刀……「蒼天」を予断なく構えては、アンフィ王妃と一応は呼んだ怪物の正体を見極めるスイシェン。片や王妃の方は先程までの妖艶な姿からは想像もできない、黒い肌を持つ魔が者にその身を変じていた。


(……力に溺れているな、これは。それも……無理はないか。だって、こうなれば……)


 寿命は伸びるし、歳をとることもなくなる。それに、人間離れした特殊な力を授かることもできる。

 死神が取りこぼした魂、通称・「落つ魂」は今度こそ死神達に狩り取られまいと、抵抗しては……とある傾向を強く持つ人間に宿るそうだ。そして、そのある種の人間とは欲望やら、野望やらに取り憑かれ、負の感情を殊更強く宿す者を指すらしい。そんな人間の欲望を吸って、凶暴化した魂はその人間の本性を曝け出させる形で、奥に根付く自分を守ろうとする。そうなったらば……。


(まとめて切り捨てて構わない……か。なるほど、な。こいつは確かに、相手は人間なんて可愛いものじゃない)


 アケライ曰く、「大雑把で嗜虐的」な彼女の上司、暗黒神・バダルハの理論としては、「落つ魂」の寝床になるような奴は丸ごと狩り取っても構わないという事になるそうだ。その上、アケライの方もそのやり方には疑問を抱くこともないらしく……その方が効率的かつ、合理的だと肯定さえしている。しかし一方で、スイシェンはその判断を彼女らしいと嘆息しては、場違いにも悲しい気分にさせられていた。


「とにかく、仕事はさせて頂きます。……あなたをこのような醜い姿で葬らなければならないのが、心残りです」

「ほほ……何を小賢しいことを。この妾に勝てるとでも思っておるのか、この小童が!」

「……小童、か。一応、これでも……場数はそれなりに踏んでいるんですけど」


 子供だと見下した相手でさえも、手加減することもなくアンフィ王妃だった者がスイシェンの首元を目掛けて、爪を振り下ろす。掠るだけで致命傷になりかねない、疾風の如き凶悪な一撃。しかし、それさえもヒョイと事もなげに躱しながら、スイシェンは冷静に彼女の爪を掻い潜っては、まずはお返しと蒼天を横に薙いでは彼女の腕を呆気なく切り落とす。


「フギャッ⁉︎ この……痴れ者が……。今度はこうしてくれる……!」

「意外と冷静ですね、王妃様。……だけど、すみません。俺にはあまり時間がないんです。……サッサと魂を狩り取らせて頂きます」

「ふざけた事をッ!」


 落とされなかった方の腕を懲りずに振り上げては、スイシェン目掛けて振り下ろす魔が者。しかし、アケライにきっちりと「戦い方」を仕込まれたスイシェンにはこの程度の攻撃はやや、物足りない。爪を蒼天で弾き、尚も抵抗をやめない化け物相手に腰を落として、態勢を整える。そして、両の足で力強く床を蹴ると同時に、彼女の腹目掛けて飛び込む。


「はぁッ!」

「ふふふ……そんな非力では、妾は降すことはできぬぞ、小童!」

「……しぶといな、こいつは。腹の皮が意外と分厚い……!」


 しかし、それなりに分厚かったらしい皮下脂肪に阻まれ、蒼天で与えられたのはやや深めの切り傷のみ。パックリと空いた傷口からは、不気味な黒い体液がボタボタと溢れてはいるが……相手の様子からするに、致命傷にはなり得てないらしい。


「……⁉︎」


 弱点はどこだ?弱点は一体……。

 そんな事を必死に考えていたところで、スイシェンの頭を強か斬りつける者がある。そんな予想外の不意打ちを与えられて、後頭部に焼けるような痛みを覚えると同時に、その正体を見定めようと振り向くが……。


(落とした腕が、浮いている……⁉︎)


 しかも、さっきの状態よりも腕単体で更に凶暴性を増している様子。浮いている腕の指からはニョキニョキと爪が伸び始めては、鋭さを増しているではないか。


「ふふふ……だから言ったろうに。妾を降すなどと、不躾は許されぬ……と。安心せよ。妾とて、この力を悪しき事には使わぬ。……まぁ、気に食わぬ者があったら殺めるのも一興だがな」

「……それを悪しき事と言わずして、なんと言うのでしょうね?」

「本当に生意気な小童ぞ。見目が良いから、側に置いてやってもと思ったが……やめじゃ、やめ。やはり……お前は殺してしまった方が良さそうだ」


 彼女が使っているのはおそらく、妖術の類。どうやら、彼女が得たのは人間離れした肉体だけではなく、魔術も含まれていたらしい。衰えることを知らないスピードで、縦横無尽に飛び回る腕の斬撃と、彼女自身が振り下ろす打撃と。予測不能の攻撃をいよいよ見切ることができず、スイシェンの四肢には無情なまでに数多の切り傷が刻まれては、増えていった。その上……傷を塞ぐ手立てもない以上、出血も酷い。


(クソッ……これでは……!)


 狩り取るどころか、狩り取られてしまう。

 ここに来て、やっぱり自分は狩られる側だったと、薄れ始めた意識を朧げにさせながら、尚も抵抗を試みるが。視界さえも真っ赤に染まり始めては、今のスイシェンは立っているのもやっとの状態だ。


「ふふ……久しぶりになかなかに楽しめたぞ、小童。……褒めて遣わす」


 異形でありながらも口元を歪めては、満足気な笑みを溢す王妃の成れの果て。そうして、彼女が最後の一撃と彼に差し向けた拳を避ける余裕も、既にない。


(ここまでか……!)


 心臓を貫かれると、死を覚悟していたと言うのに、スイシェンの意識はまだまだ朧げなまま「生きている」。そうして、どうした事かと混乱する余裕はあるらしい神経が、どこまでも聞き覚えのある冷徹な声を確かに聞き分けてくる。


「この程度の相手に何をもたついているのだ。……何のために、お前を鍛えてやったと思っている」

「アケライ……! すみません……その」

「まぁ、いい。確かに……こいつは情報よりもやや、進行している相手だったようだ」


 さも下らないと、容易く単独行動を続けていた腕の方を先ずは愛用の武器・紅月で容易く切り捨てて。真っ赤な刃に付着した黒い血液を振り払っては、アケライが珍しく怒りを感じさせる佇まいで魔が者に向き直る。


「……さて、と。アンフィと申したか。ここで私が間違いなく、狩り取ってくれるとしよう。……覚悟はできているだろうな?」

「覚悟だと? なるほど……お前も妾に殺されたいのか? よきよき……本当に愉快な事ぞ。妾は誰にも負けぬ! 妾は……」

「……胡乱なことを」


 アケライが腰を落とし、紅月の柄に手をやった次の刹那。あれ程までにスイシェンが手こずっていた、王妃の腹に強烈な斬撃を叩き込むと、そのままズバリと一刀の元に胴体を寸断して見せる。


「な、なんだ……と?」

「……できる限り、苦しまずに楽にしてやろうと思ったのだがな。まだ意識は残っているか。……まずまず、貪欲なことだな。そんなに必死にならなくても、いいだろうに」

「い、いやじゃ……。妾は折角、永遠の美貌を手に入れ……」

「……黙れ」


 それ以上は不愉快だとばかりに、いよいよトドメの一撃を王妃だった者の脳天に与えるアケライ。そうされて、魂ごと真っ二つに切り裂かれた魔が者が、声を上げることは2度となかった。

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