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死神の教え

 人間にさえなれれば、彼と何不自由なく一緒に暮らしていけると夢を見た。

 人間になった暁には、彼と何不自由なく夫婦として生涯を全うできると、信じていた。

 そうして、人間になるというささやかな願いは叶えたと言うのに。しかし……問題は命の在り方だけではなかったし、愛の与え方だけではなかった。スイシェンはアズラの魂を持ち得ていても、どこまでもアズラではない。一方的な自己満足で誰かの心を得ることは例え神でも、なし得ぬ事。


(本当に……私は愚かだった。神だろうが、人間だろうが……誰かの心を本当の意味で得ることはできぬ。例え、妖術で騙そうとも、強引に思いを刷り込もうとも。それでは……本当に心から愛されることはならない……)


 そうして、アズラにこそ愛されていた記憶を未練たらしく思い出しては、その煌めきさえも内に渦巻く欲望に差し出して。いよいよ、アケライは「狩られる側」の獲物へと身を転落させては牙を剥く。きっと、バダルハをも取り込んだせいだろう。アケライは既に、言葉を失っては本能のままに暴れ回る「魔が者」に振り切れていた。そうして、その唸り声に確かな覚悟を聞き取ると……メイシャンに1つ目配せをしながら、蒼天を手にアケライに対峙するスイシェン。そして彼女の教えに擬えるようと、ルーシンに1振りの刃を望む。


「……ルーシン様。もし良ければ、さっきの金色の刃を貸してくれませんか」

「えっ? 金色のって……有明のことさね? そりゃ、構わないけど……。だけど、シェンちゃん。まさか……」

「アケライに教えられたんです。この状態になった死神の倒し方をしっかりと。そしてその時、こうも言われました。俺を巻き込むことも、俺を1人前にすることも……まだ諦めていない、と。きっと……ハハ。アケライは俺を試すつもりなんだ。……ここで俺の最終試験を最後にしでかすつもりなんでしょう」


 本当にあんたは最初から最後まで、師匠を気取るんだから。だから、俺はいつまで経っても1人前になれないのだろうに。そんなんだから、背中しか見つめられなかったんじゃないか。

 そうして、自分こそを最後の試練に見立てたらしい緋色の死神を挑発するように、2振りの魂落としの刀で刺激を与えては。アケライがして見せたように、弱点を曝け出せと挑発し始めるスイシェン。


「いいのですか、ラハイヤ様。このままでは……」

「……今は見守る他、なかろう。きっと……アケライはバダルハを抱えて何とか救おうとしてくれてもいるのだ。あの状態で絶命すれば、魂の残滓が刃に残る。そうすれば……暗黒神を本当の意味で失わずには済む」

「しかし……」

「まぁ、それ以上の干渉は野暮だぁね、ユンルァ。ラハイヤ様の言うことを抜きにしても……今は、あの子達を見届けてやるしかないだろうさ。それが……アケライが最後にシェンちゃんにしようとしている、償いの形でもあるんだろう」


 まだまだ、ぎこちないけれども。アケライの教えを叩き込まれたスイシェンは見様見真似でも、しっかりと2振りの刃を器用に扱っては彼女の攻撃を弾いて、躱して……きちんとその瞬間を見極めようと奮闘していた。一方のアケライは理性を失っては、獲物としての生存本能の赴くまま、殺されまいと抵抗も続けているが。それでも、それこそが今となっては好都合と、スイシェンは入念に機会を窺っている。


(いつものアケライだったら、こんな動きはしないだろうな……。こいつは……アケライはまだまだ、本気を出していない。だけど……)


 アケライの動きが鈍く、隙だらけなのは魔が者としての深度が進みきってしまったからに違いない。彼女にいつもの冷静さがあったら、きっと数分も持たずとズタズタに切り裂かれていることだろう。そうして……爪先が掠りもしない連れないスイシェンの動きに、痺れを切らした緋色の魔が者がとうとう両の腕を振り上げ、そのまま力任せに振り下ろした。


「……!」


 あの時の彼女のように。あの時、見つめることしかできなかった自分を踏み越えるために。両腕を伏したことで首元を露わにした魔が者の頭上へ飛び上がると……スイシェンは両腕一杯の覚悟と一緒に、彼女の首元に蒼天と有明とを振り下ろす……! 


「……アケライ……」

「……シェン。最後に……顔を見せてくれないか……?」


 最後の一撃は呆気ないほどに、一瞬で。だけど、スイシェンの覚悟が足りなかったのか……アケライはまだ絶命していなかった。一角の悪魔から美しい姿に戻りつつ……首の傷を庇って尚もシェンに教えを与えようとするのだから、アケライはどこまでもスイシェンを1人前に仕立てることを諦めてもいないらしい。

 一方でスイシェンは、アケライを余計に苦しめている事実に申し訳ない気分になりつつも……彼女の望みを叶えようと泣き顔を見せる。

 中途半端な手心は相手を無駄に傷つけるだけ。中途半端な温情は相手を無駄に悲しませるだけ。常々、そう教えられてきたのに。それでも、教えを破った弟子の頬を撫でながら……アケライが最後の言葉の与える。


「シェン……。そう、か。お前は私を……越えたのだな。……それでいい。お前はただ……間違えただけ。何せ……ターゲットを取り違えたのは……私の方だった。……お前こそを巻き込んでしまったのは……私の罪そのものであり、罰でもあったのだろう……」


 だから、悔やむことも悲しむこともない。ただ、間違えただけ。それだけなのだから。

 しかし、目の前に今塞がる状況はただただ「間違えただけ」と言い訳されるだけでは、済まされない光景でしかない。ただ、一緒にいたいという願いさえも叶えられずに。誤解されて、すれ違って……結局、結ばれる未来は最初から用意されていなかった。何せ……ターゲットをいくら取り違えて抵抗しようとも。その愛は太陽神にも、暗黒神にもどこまでも認められないものでしかなかった。


「……シェン、本当に強くなったな……。もう、これで……私が心配してやる必要も……ない……」

「……アケライ。もう……喋るなよ。……最後にそんなことを言われても……辛いだけだろう……?」

「そう、だな。辛い、か。……だけど……これだけは、最後に言わせてくれ。……シェン。私は本当にお前を愛していた。そして……お前にこそ、幸せになって欲しかった。……アズラじゃなくて、本当はお前と一緒に旅をしていたかっただけ……」


 スイシェンの自慢の得物から滴る血の色はどこまでも、無情なまでに赤く、殺した相手の息遣いさえも奪い取ったようにすぐさまその熱を冷ましていく。そして……これからいよいよ、死に行くと言うのに。本当は真っ黒に染まっていたはずの血さえ、綺麗な緋色に押し戻しては。血の色と一緒に理性を取り戻したアケライが、事切れると同時に……最後の最後に輝くように笑って見せた。

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