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貪欲に、そして強かに

 スイシェンはやはり、勘違いしている。アケライがここにやって来たのはスイシェンこそを助けるためであるし、彼を迎えにきただけのつもりだった。しかし、何かを吹き込まれたのか……スイシェンはアケライがメイシャンを「狩りに来た」と思い込んでいる。寝覚めのはずなのに、ハッキリと敵意を剥き出しにしてくる時点で……スイシェンの警戒心は相当のものだろう。


「……お前様、大丈夫でございます。メイシャンは所詮、トト様が作り出した人格の1つでもあるのです。死神にそう易々と狩り取られはしません」

「そう、なのか? だけど、あの時の君は確かに……」

「……申し訳ございませぬ。私はあの時、少しばかり嘘をつきました。私は本来、誰かに守ってもらわねばならぬ程までには、弱くはございません。お前様よりはおそらく……私の方が遥かに強いでしょう」


 そうなれば、スイシェンがメイシャンを守るという「序列」は初めから成立しないことになる。それでもメイシャンがわざわざ自分よりも弱いはずのスイシェンに縋って泣いて見せたのは、少しばかりの悪意と恋心があったから。そして、彼女がここまでスイシェンを手放したくないと自覚したのには、穏やかな温もりの余韻が心地よかったからだ。


「……メイシャンは生まれて初めて、本気で一緒にいたい思える相手を見つけたのです。お前様がこうしてメイシャンに優しくして下さるのは、ハッキの妖術によって騙されていたから。ですけど……私はそれをどうしても本物もお気持ちにしたい。キッカケは紛れもなく、勘違いや誤解によるものでしょう。ですけど……」

「そう。……ハハ、俺……本当に情けないな。結局、メイシャンにも騙されていたんだな……」

「……そう、なりますね。ですので、アケライがここにいるのはメイシャンを殺しに来たからではありません。ですけど……お前様。一方で、私はあなた様をこの女に取られたくはありませぬ。ようやく最愛の伴侶に出会えたのです。……もし……もし、私の嘘を許して下さるのなら。どうぞ、私こそを側に置いて下さいまし。これからは一緒に、あなた様と素敵な時間を過ごしたいのです」


 たっぷりと、じっくりと……吐き損ねた毒でななく、本心を吐き出してはメイシャンが尚もスイシェンに抱きつく。そうされて、少しだけ身を捩らせるものの……結局、スイシェンは彼女の方は許すつもりらしい。彼女の腕を首に巻きつけたまま立ち上がると、メイシャンの方こそを抱き上げて見せる。

 その姿に、明らかに「敗北」したのだとアケライも悟るが。それでも、先程よりも遥かに穏やかな表情を見せる今の彼であれば、多少の言い訳くらいは聞いてくれるかも知れない。しかし……。


「……⁉︎」

「あ、あれは……?」


 アケライがスイシェンに話しかけようとした、その瞬間。大広間中を震わせて、揺るがす程の衝撃が場の空気を存分に満たしていく。その震源地をアケライ達が見やれば……そこには一方的にやり込められていたはずのバダルハが、最後の悪あがきの姿で暴走しているのが目に入る。


「どうして……どうして、僕ばっかりが我慢しないといけないんだ! どうして、みんな……僕を認めないんだ! それもこれも……兄上がいるからッ! お前がいるから、僕はずっと、ずっと……誰にも振り向いてもらえないッ!」

「バダルハ、それは違うぞ。お前が他の者に認められようと、努力しないからだ。……いくら神とて、全てを思い通りにできる訳ではない。この世界の全てに、思いやりと慈しみを持て。それさえもせずに、自分の身勝手な理想を押し付けるだけでは、誰もお前を認めぬし……愛しもせぬだろう」

「うるさいッ!」


 嫉妬と傲慢とを振りかざして、怒りに身を任せたバダルハはとうとう真っ黒な魔物に姿を変じていた。そうしていつかスイシェンも見た事のある趣の怪物になったバダルハは、髑髏の顔でケタケタと笑って見せるものの……空虚な眼窩からは涙にも見える、仄暗い光の雫がポタポタと流れていた。


「……堕ちてしまった、か。……仕方ない。ユンルァ!」

「ハッ。……ラハイヤ様、いかがされますか?」

「……援護を頼む。こうなったらば一旦、魂を丸裸にするより他あるまい」

「しかし、そんな事をすれば……」

「しばらく世界に夜が来なくなるな。だが、このままでは夜を失う前に、全てが闇に飲まれてしまう。……それだけは避けねばならん」

「……承知、致しました。魂の確保も含めて、お任せください」

「うむ……決して、取り逃すなよ」


 重々しく頷いては同意を示すユンルァに、同じように頷きで返すラハイヤ。そうして手元に白亜の杖を呼び寄せると、威厳に満ちた様子で広間中を光で満たす。その間、ラハイヤの方は一歩たりとも動いていないというのに……彼は意のままに光を操っては、バダルハだった魔物を圧倒し続けるが。まだまだ、漆黒の闇も自分の存在意義を諦めていない様子。尚も未練がましく慟哭しては、四肢を床に食い込ませてギリギリと歯を鳴らしていた。

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