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本当のお仕事

「いらっしゃいませ……って、おんやぁ〜?」

「……お久しぶりですね。どうしてあなたがこんな所にいるのかは、知りませんが」

「いいじゃないの、そんな事。それにしても……ふぅ〜ん。その子が、ねぇ?」


 店に入るなり、ライと知り合いらしい恰幅のいいおば様がスイシェンをマジマジと見つめては、何か意味ありげな表情をするものの。それでも、何かを納得したのかふふッと鼻で軽く息を吐きながら、待っておいでと奥に引っ込んでいく。


「ライ姉。あの……」

「……彼はルーシンと言ってな。私の武器を作り上げた職人だ。腕は確かだから、安心しろ」

「そうだったんだ……って、ライ姉。今……彼って言った?」

「あぁ、そう申したが。……何をそんなに驚いているのだ、シェン」


 それは普通、驚くところなのでは? 表情1つ変えないままのライが「彼」と言ったルーシンは、どこをどう見ても……。


(おばちゃん、だった気がするけど……)


 ライは普段から、相手の素性や外見を気にすることはあまりない。彼女にあるのは相手が信用できるか、信用できないかの基準だけ。常にその2択だけであるし、性別を基準に物事を考えるのは無駄だとさえ割り切っている。

 一方でスイシェンは強いて言えば、「お年頃の男の子」である。そろそろ恋の1つや2つを覚えてもいい年頃でもあるだろう。そんな「多感な時期」にある彼が殊更、相手の性別を気にするのは無理もない事かもしれない。しかし……。


(僕は今まで……ライ姉以上に綺麗な人を見た事はないかも……)


 ライは紛れもなく、絶世の美女と言われる類の女性であるだろう。鼻筋はスッキリと通り、強い意志を感じさせる紺碧色の目力はあまりに鮮烈。肩上で切り揃えられた鮮やかな赤毛は一度戦場に出れば、炎と見まごう輝きを錯覚させる程に眩く映る。すぐ身近にここまでの麗人が人生の最初からいたともなれば……他の相手に目移りする方が難しい。


「お待たせちゃん。しかし……こいつを持ち出すとなると、いよいよ……かね?」

「……そういう事です」

「ふむ……それ以上の詮索は迷惑なようだねぇ? ま、いいか。あたしゃ、楽しけりゃそれでいいし」

「都のルールに合わせたのは、その趣味が度を越えた結果ですか? ……まぁ、いいでしょう。無駄な詮索は野暮というもの」

「そういう事さね。それにしても……アケライ、昔よりはお喋りになった気がするわぁ。ふふ。ますます、バダルハが手放し難くなるんじゃないの、それ」

「……それこそ、願い下げですね」


 最低限の会話の中にどこか懐かしい名前を聞き分けて。スイシェンは心の中に2つのシコリを作り上げていた。それでも、今は口にすまいと懸命に堪えながら……気を紛らわせるように、手渡された武器を改めて見つめ直す。

 深い紺色の鞘に収まった、1振りの剣。柄を少し握るだけで、手元の武器は自身が明らかに異質の物であることを思い知らせてくる。……何気なく手に取った割には物々しい感触に、スイシェンは心の端がキュッと緊張するのにも目眩を覚えていた。


「ライ姉、これは……?」

「……それは魂落とし用の武器だ。今夜の仕事はお前も連れていく。……今後はそちらの仕事に専念する事にしたのでな」

「そちらの仕事って、もしかして……暗殺、とかだったりするのかな……」

「安心しろ。……相手はそんなに可愛い物でもないし、身近な相手でもない」


 それはどういう意味だろう?

 スイシェンが安心感の片鱗もない答えに、不安げな表情を浮かべていると。何やらスイシェンを「気に入った」らしいルーシンがちょっとしたヒントを教えてくれる。


「……大丈夫さ、僕。アケライはあれで、そちら方面はプロ中のプロだったんだ。……彼女の獲物がただのちっぽけな人間なはず、ないだろ?」

「だったら、その獲物って……?」

「ルーシン様。……それ以上は」

「あぁ、そうだったねぇ。ふふっ。ごめんねぇ、おじちゃん……アケライと違って、お喋りなもんだから。ま、あたしのことは頭の隅っこでもいいから、覚えておいでよ。その武器は滅多に刃こぼれはしないけど、“節目”に手入れが必要になることがあるから。あぁ、心配しなくても大丈夫さね。君が相手だったら、手入れだけはどんな時もタダでやったげる。それでね、アケライは……」

「ルーシン様!」

「あぁ、ごめんよ。ほらほら、僕。大目玉食らわないうちに、お帰りな。……アケライを怒らせちゃぁ、いけない」


 どこか急いでいる様子のライにやや強引に連れられて、外に出るものの。何かを隠しているらしいライの様子に、ちょっとした答え合わせをしたくなるのも、年頃の好奇心があれば当然というもの。そうして、スイシェンは思い切って、ライに都合が良くないであろう質問を投げてみる。


「ライ姉」

「何だ?」

「ライ姉って、本当はアケライって言うの?」

「……そうだ」

「……僕、その名前に聞き覚えがある気がする。どうしてだろう?」

「今のお前にそれを答える必要はない」

「そう……なんだ。それじゃぁ、さっきのルーシンさんが言っていたバダルハって、もしかして……」

「……それについては宿で答えてやる。ある程度の事情も説明してやるし……その武器が何のための物なのかも、きちんと教える。だから……今は黙っていろ」


 これ以上の質問は許さない。明らかな拒否の態度を示すライの表情に一筋の焦りが見えたのにも、スイシェンは気づいていて。彼女の弁明はそんなに気楽な物ではないだろうと、ちょっぴり成長した子供心に思うのだった。

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