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嫉妬と提案

「……それで、何? メイシャンもあいつがいいの?」


 足元でヘラヘラし始めたハッキヤムにやや辟易しながら、その場の全て何もかもが面白くないと……バダルハが底冷えするような声色でメイシャンを詰る。バダルハがやってきても一瞥すらせずに、スイシェンこそを止めようと言葉と剣とで必死に彼を説得しようとしているアケライも、アケライだが。今の今まで興味本位の「ワガママ」を言う事はあっても、真剣な「お願い」を口にしたこともなかったはずなのに……婿殿とやらのために、懇願し始めるメイシャンもメイシャンだ。どうして、こうも……皆、アズラ(スイシェン)を求めては必死になるのだろう。


「トト様……お願いです。スイシェン様をお救い下さい。この通りでありまする……!」

「あぁ、あぁ……ホント、興醒めだヨ。なーに、そんな見っともない真似、してくれてるのサ。……いくら、娘でもこうも土下座されたんじゃ……」


 本当に不愉快だし、面白くないじゃないの。

 ギリリと奥歯を噛み締めながら、バダルハが無慈悲にも「婿殿」のために頭を下げる試作品の頭を踏みつける。そもそも、メイシャンがきちんと「思い通りの女神」になっていたら、こんなにも屈辱的な思いもしなくて済んだのに。誰が「失敗作」のために憎たらしい相手を助けてやるものか。


「トト様、お願いです……お願いですから……」

「うるさいなぁ、メイシャン。そもそも、お前が……」

「そこまでにしておきな、バダルハ。いくらなんでも足蹴にするなんて、あんまりじゃぁないか」

「お前もうるさいよ、マハカラ。……ったく、下界でいい神様扱いされて、調子に乗ってるんじゃないよ。大体サ、僕よりも人間共の信仰が厚いってどう言うことなの。いい加減にしろよ?」


 どんなに卑屈でも、どんなに根性がねじ曲がっていても。バダルハは紛れもなく最高神の1柱であり、ラハイヤと双璧を成す暗黒神である。少し凄んだだけでも、彼の発する負の空気は勇猛なマハカラさえをも怯ませる。今のマハカラはラハイヤの配下である以上、かつての荒神であった頃よりは格段に「丸く」なっているが。それでも本来であれば、最高階級の死神にも匹敵する実力を持つ神様でもある。しかし……今のバダルハはそのマハカラさえも、圧倒する程の殺気を帯びていた。


「……まぁ、いいや。だったら……よし、メイシャン。分かったよ。スイシェンとやらを助けてあげる」

「ほ、本当ですか、トト様!」


 しかし、禍々しい空気を醸し出していたのが一変、急に前向きな返事をメイシャンに与えては、足を引っ込めるバダルハ。けれど、その朗らかな様子はあくまで表面だけ。目元にはまだまだ迸る嫉妬と悪戯心を残したまま……メイシャンに、明らかに禍々しい提案を持ちかける。


「あぁ、本当だとも。だけど……それには一つだけ、条件があってね」

「条件……?」

「アケライを洗脳するんだ。そして……僕の元に来るよう、説得してくれないか? ……お前の力を使えば、そのくらい、容易いだろう?」

「し、しかし……トト様。私があの力を使うには、生贄が必要でありまする。……ここには贄になりそうな相手は……」

「いや? いるじゃないか。こ・こ・に」


 きっと、それが誰なのかを把握していないのは本人だけなのだろう。バダルハの足元に縋っては、ニヤニヤと様子を窺っていたハッキヤムだったが……自分に降り注ぐバダルハの視線の意味を何1つ理解しようとしないのだから、ただひたすら愚陋である。


「と、言うことで……ハッキヤム」

「ハッ! バダルハ様、なんなりとご命令を」

「うんうん、いい子なのは本当にハッキヤムだけだね」

「もちろんです、バダルハ様」

「だったら……はい。メイシャン、こいつを使っていいよ」

「えっ……?」


 首根っこを掴まれ、メイシャンの足元に乱雑に投げ出されたところで、ようやく自分の身の程を知ったらしい。さっきまでは勝ち誇った顔をしていたハッキヤムが、放り出された床の上で急に慌て始める。


「い、いや……ちょっと待ってください、バダルハ様! 私がいなくなったら、魂の管理はどうされるのです!」

「……別に? 管理が面倒なら、兄上のところにそのまま流しゃいいし。それに、お前の代わりなんていくらでもいるんだよ。……全く、この程度の相手に何を凹まされているのサ。お前みたいな、調子がいいだけの能無しはいらないよ」

「そ、そんなッ!」


 ハッキヤムの妖術は洗脳の類。しかし、その洗脳は自分より格下の相手にしか通用しない。バダルハはもちろん、メイシャンやマハカラは神の眷属であるため、対象にはできない。残るアケライも死神の外套をしっかり着込んでいる以上、手駒にはなり得ないだろう。そうして、打つ手がないと分かると……今度はその場に伏して泣き始めるハッキヤム。そのあまりに情けない様子に、流石のメイシャンも興を削がれたらしい。さも失望したと首を振っては、予想外のことを言い出した。


「……承知しました、トト様。私は……私の手で婿殿を止めてみせます。……ですので、ハッキヤム。もう、泣くのはおよし。そんなに情けない顔をされては、お前がスイシェン様と引き合わせてくれた事さえ、色褪せてしまうではないか。最後の最後に“大当たり”を充てがってくれたのだから、今回ばかりは助けてやろうぞ」

「メイシャン様……!」

「ふ〜ん……小娘にも意外といいところがあるのさね? ……ま、そう言う事なら、あたしも力を貸してあげるよ。今はとにかく、時間を稼げればいいだろうし」

「時間を稼ぐ……ですか?」

「あぁ、こっちの話さね。とにかく、シェンちゃんを2人がかりで止めるよ。いいね?」

「恩に着ます、マハカラ様。……あ、いや。この場合は兄様と呼んだ方がよろしいでしょうか?」

「うむ? ……あぁ、関係的にはそうなるのかねぇ……?」


 そうして、即席のタッグを組んでは1人で奮闘していたアケライの加勢に入るマハカラとメイシャン。しかし、置き去りにされる格好になったバダルハにしてみれば、この光景はどこまでもひたすら面白くない。そうして何もかもを壊してしまえば、燻る感情も不愉快な孤独も何もかもを忘れられると思い至っては。やっぱり意味ありげに口角を上げて、ニィッと牙を剥くと……生贄になり損なった、役立たずを見つめて舌なめずりをせずにはいられないのだった。

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