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理想の代償

 人の体で魂落としの刀を取り込むのは、無謀にも程がある。その手法はそもそも、バダルハから死神としての力を許された者だから選択肢に入る手段であって、本来は捨て身で採択するものではない。しかし、スイシェンはメイシャンとやらを守るため……アケライこそを倒すために、アッサリと戻り道もないような未来を選んでは、漆黒の悪魔と成り果てていた。


「……どう、して……? どうしてなのだ、シェン。私は……どうすれば……?」


 スイシェンのあまりに潔い選択に、アケライは戦意さえも保てないまま、彼の爪を受け流して最低限躱すことしかできない。

 確かに、アケライがスイシェンの存在自体を蔑ろにしてきたのは紛れもない事実だろう。そして、発端はアズラの身代わりで育てていたのも、疑いようのない理由でもある。だけど、アケライにだってスイシェンの存在にこそ、安らぎを覚えていたこともあったのだ。幼い彼の小さな手を引いては、方々を旅して……飾らない、ありのままのスイシェンこそを本当は拠り所にもしていた。だけど……。


(そうだな……。私はこの子に本心を伝えることも、この子の本心を考えることもしてこなかった。そして……)


 スイシェンの悲しそうな表情の真意を受け止めることもしてこなかった。その顔は彼自身を認めてい欲しいという懇願の表情であり、アケライと対等になりたいという成長の証。そう……スイシェンは随分前から、縋るような顔をして、アケライの「好意」の程を窺っていたのだ。だけどアケライはアケライで素直になれずに、敢えてよそよそしい態度を取ってしまっては……幾度となくスイシェンを失望させてしまっていた。

 スイシェンの方はアケライに相応しい相手になろうと努力して、背伸びして……彼女に認めてもらえる日を心待ちにしていたのだ。その事さえ、きちんと分かっていたのに。アケライの中に根付いた最愛の伴侶像が完璧すぎたあまり、スイシェンにも同じ水準を当てはめては……アケライはとうとう、彼の努力を褒める事さえしなかった。そもそも、死神だったアズラと人間のスイシェンを同じ基準で比べるのは最初から馬鹿げている。しかし……その幻想が残した理想が高すぎるあまり、スイシェンに無理を強いては、アケライはその悲鳴に気づこうとしてこなかった。


「スイシェン……そう、か。お前は私を殺そうとしているのだな。もし……私がいなくなれば、お前は自由になれるのか? お前は……幸せになれるのか? だとしたら……」


 本当にとんだお笑い種だ。どんなに望もうとも、どんなにやり直そうとも。アケライとアズラの魂は同じ時間を共有こそすれ、交わることはできない。例えアケライ側がスイシェンに合わせて、魂を人間のものに揃えてみても。心までもを揃えることはできなかった。魂を拾い上げ、愛を育て直そうとしてみても。心までは、思い通りにできない。


「だけど……この結末はあんまりではないか? シェン……私はお前にそこまでさせる程に、嫌われてしまったのか? もし、そうだったのだとしたら……正直に言ってくれたなら、何も言わずに身を引くこともできたのに。今は……私はお前にこそ、生きていてほしい。お前にこそ、幸せになってほしかったのに。それなのに……」


 しかし、アケライの言葉は既にスイシェンには届かない。きっと、彼の方はアケライこそが自分の親の仇であることも覚えているのだろう。煌々と輝く深い瑠璃色の瞳には、明らかなる怒りが籠もっていた。


「……このままじゃ、まずいさね。ユンルァ、何かいい方法はないかね?」

「……残念ながら、ないと思う。我らの力を持ってしても、本人の意思をねじ伏せることは叶わぬ。例え、キッカケがハッキヤムの妖術だったとしても……今のスイシェン君は自らの意思であの状態に成り果てたのだ。……こうなってしまった以上、我らが尽くす手はない……いや。……あぁ、1つだけあるかも知れん」

「本当かい⁉︎」

「うむ……あまり褒められたことではないが、どれ。私は1足先に庭へ帰って、回収した魂の処遇を相談するついでに……元凶でもある彼の方に、掛け合ってみるとしよう」

「なるほど。あの方であれば、無駄な意地悪もしないと思うしね。よし、それで頼むよ、ユンルァ。それで、あたしは……って、ちょいとお待ち! アケライは死ぬ気かね⁉︎」


 とうとう、抵抗自体を諦めたらしい。見ればアケライは紅月を鞘に戻すと、次の一撃を受け止めようと棒立ちの状態でスイシェンを見上げ始めた。だが、まだ諦めてはならないと……咄嗟の判断でルーシンがスイシェンの爪を受け止めては、弾き返す。


「アケライ、いいかい。よーく、お聞き。今、ユンルァがラハイヤ様に相談しに行ってくれているから……その間はきちんと持ちこたるんだ。シェンちゃんと一緒に暮らせるかどうかはお前さん次第だろうけど……助けることはできるかも知れない。さぁさ。情けない顔してないで、もうちょい頑張っておくれよ」

「それは……本当ですか?」

「こんな所で嘘を言って、どうするのさね。あたしはあっちの厄介者を潰すから、シェンちゃんの相手を頼むよ」

「おや……まだ、諦めないのですか? うむうむ……中々に往生際が悪いですなぁ……」


 軽口を叩く余裕を見せるハッキヤムだが……ルーシンは彼の本当の内情をよく知っている。彼の妖術は所謂、暗示の類。スイシェンの言葉には確かに本心も混ざっていただろうし、事実に根ざしたものでもあったろう。だけど、その中に眠る不安を煽り、肥大させたのは……彼がこっそりと継続して仕込み続けている仕掛けによるものだ。だから、今の彼はまさに妖術こそに神経を向けている状態でもある。だからこそ……そんな本当は嫌味を振り撒く余裕さえないはずなのを、元は戦神でもあった財福の神はとっくに見抜いていた。そうして、何よりも気に入らない軟弱な御用人に狙いを定め。ルーシンは荒神の片鱗を発揮せんと、久方ぶりに相棒でもある金色の刃……有明を引っ張り出しては、戦いに身を投じるのだった。

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