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墨色の英雄

「やはり、お前だったんだな……アケライ」

「スイシェン……その。迎えが遅くなって、すまない。少し、所用があって……」


 道を塞ぐ全ての邪魔者を踏破して。辿った後の道に魂の抜け殻を量産しては、ようやく辿り着いた大広間。そこには、意外にもスイシェンが単独で待ち構えており……既に戦闘態勢を取っては、蒼天を片手にアケライを睨みつけてくる。その表情のどこまでが彼の本心なのかは、一向に見えてこないが。それでも、今の彼がアケライに対して敵意がある事だけは間違いなさそうだった。


「シェンちゃん、聞いてちょうだい。アケライは、ね。君と一緒にいるために、神様にお願いしに行っていたんだよ。だから……」

「あぁ……その節はお世話になりました、ルーシン様。ですけど……すみませんが、このままお引き取りいただけませんか。俺はここで身代わりじゃない人生を歩むことに決めたんです。……もう、アズラの代わりは嫌ですから」

「アズラの代わり……か。まぁ、君がそう思うのも、無理ないかね。……その辺はアケライも悪かったのだと思うし」

「……ルーシン様だけは、俺のことを分かっていてくれた気がします。……本当に今までありがとうございました」


 そうしてアケライにこそ向き直っては、彼女を改めて拒絶するように今までの恨みつらみを吐き出すスイシェン。屋台でありふれた時間を過ごしたこともなかったこと、鍛錬を強要されて自由時間もロクに与えられてこなかったこと。全てを決められては、自分の意見は何1つ、肯定してもらえなかったこと。そして……何の説明もなしに、アズラの形見である蒼天と外套を充てがったこと。それもこれも……全ては自分をアズラの身代わりに仕立てるため。ただただ、その魂を宿していただけという因果だけで人生を奪われてきたのだと……スイシェンは険しい顔と言葉でアケライを責め立てる。


「……その言葉は……シェンの本心なのか……? 妖術ではなく……?」

「あぁ、そう言えば……そんな話もあったかな。メイシャンの御用人に一杯食わされたのは、事実だと思う。だけど……今のは紛れもなく俺の本心だよ。……本当は辛くてあまり考えないようにしていたし、気づかないフリもしていたんだ。アケライが俺を育てたのは俺のためじゃなくて、アズラのためだって事を認めたら……自分の居場所がなくなる気がして、怖かったんだよ。だから……その度に心を締め出して、俺は自分を殺すことで平静を保ってもいたんだ。アケライの望み通りに生きていれば、居場所がなくなることはないだろうと……ずっと思ってた」


 だけど、それはどこまでも「不自由」なのだと、スイシェンは首を振る。本当は自分らしく、生きていたかったのに。子供の時から生活の全てを制限され、抑圧されて……ついこの間まで、温かい料理の味さえ知らなかったと、ため息を吐く。


「だから……ルーシン様やカンミュイ様には本当に感謝しています。俺に人並みの生活を教えてくれたのだから。別にアケライと同じ道を歩まずとも生きていけるのだと、気づけたのは……俺にとって、数少ない幸運だったのだと思います」

「……そう。そう言ってもらえると、何よりなのだけど。でも、ね。シェンちゃん。少し、考えてやってくれないかね。もちろん、あたしだって分かっているよ? ……アケライがシェンちゃんにした事が、許されない事だってくらい。だけど……これだけは言わせておくれよ。今のアケライはシェンちゃんこそと一緒に暮らしたくて、戻ってきたんだよ。だから……」

「そこまでです、ルーシン……いや、マハカラ様。それ以上はいけませんよ。何せ……折角の婿殿を取られたら、メイシャン様がお悲しみになる。ふふ……既に婚礼の儀を済ませた夫婦の間に割って入るのは、いくら神様でも無粋というもの」


 ルーシンが誠心誠意スイシェンの説得を試みていると……広間の奥からルーシンとしては顔見知りの男がやってきては、言葉を遮る。ニタニタと面白そうに顔を歪めては、底の知れない不気味さを振りまく相手に、一方のルーシンは嫌味の1つもお見舞いせねばと、なかなかに辛辣な切り返しを言ってのける。


「……あぁ、本当にお前さんにはしてやられたねぇ。あまりにも見た目が貧相なものだから、神様の使いだなんて思いもしなかったよ。本当に……その悪趣味はご主人様譲りかね、ハッキヤム」

「おやおや……それはあんまりなご挨拶ですな。まぁ……いいでしょう。所詮あなたとて、バダルハ様の人格の1つでしかありません。悪趣味なのはあなた様も同じ事だと思いますけどね。しかし、役者がこうして揃い踏みしたのですから……ここで白黒ハッキリ決着を着けるのも一興でしょうか? くく……どちらに転んでも、バダルハ様はお喜びになると思いますし。と言うことで、婿殿」

「……うん、分かってる。蒼天の力を……解放すればいいのだろう? そうでもしなければ……アケライを倒す事はできない」

「その通りですよ。やはり、あなたは立派な英雄でございますね……スイシェン様。メイシャン様を守るために……その御身を削るご覚悟もあるなんて。いやはや……天晴れでありまする」


 それは妖術の影響なのか? それとも、スイシェン自身の意思なのか? その答えさえも与えられないまま……見ればスイシェンは蒼天を取り込んで墨色の悪魔に姿を変じている。どうして、スイシェンがそこまでする必要があるのだろう? どうして……人間だったはずのスイシェンに死神と同じ芸当ができてしまうのだろう。


「ま、まさか……スイシェン! スイシェン……それ以上はダメだ! そんなことをしたら……」

「元の姿には戻れなくなるでしょうな。……さぁ、どうしますアケライ様。バダルハ様は余興ついでにあなたに、挽回の機会を与える事にしたようです。ほらほら、どうしました? アズラの魂が……このままだと壊れてしまいますよ? 大切な方の魂を魂落としの刀に喰われてしまっても、良いのですか?」


 つくづく、バダルハは悪趣味だからよろしくない。そして、その配下のやり口も悪趣味が過ぎて吐き気がしそうだ。

 スイシェンを仕留めなければ、アズラの魂は蒼天に取り込まれてしまう。その暁に、ルーシンの元で蒼天ごと禊がれてしまうと、魂の残滓ごと消滅の末路を辿る。この状況は要するに、既にスイシェンもアズラも。もう元の状態で助からないことを意味していた。

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