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願望への道

 魔が者を量産する……その予測に、間違いはなかったらしい。夜を待って王城に潜入してみれば、昼間はあれ程までに祝賀ムードを支えていた領民達が大なり小なり、真っ黒な肌を持つ異形に成り果てていた。だが、深度の浅い中途半端な相手など、取るに足らぬとばかりに……容赦なく切り捨てては、強制的に道を切り開くアケライ。例え魂を人間のものに戻されていたとしても、狩人としての手腕は衰え知らずと、冷徹に紅月を振るい続ける。だが……。


「……アケライ、焦っているみたいだね」

「そのようだな。これ程までに躊躇いなく罪のない相手屠る時点で、これは相当な暴挙だろう。……仕方ない。突破だけなら私が助太刀する必要もなさそうだし、ここは裏方に徹した方が良さそうだ」


 神の庭番の役目こそを果たそうと、ユンルァが金細工でできた鳥籠を手元に呼び寄せる。そうして鳥籠を「新調した」錫杖の先にぶら下げては、シャンシャンと清らかな音を響かせ始めた。


「あぁ、なるほど。お前さんはここで魂の回収をしてしまうつもりかね」

「そういう事だ。……彼らの今の姿は言わば、神の悪戯によるもの。全てが全て、本人の咎ではない。そんな理不尽を救わずは、太陽神の従者としても名折れになろう」


 神の庭に辿り着くにはそれなりの道程を踏み、手筈を整えなければならない。その間に極楽へ迎え入れられるのに不適切と判断されると、魂はラハイヤの庭ではなくバダルハの監獄へと落とされる。監獄で所定の功徳を積めば晴れて、極楽への道を歩む資格を再び得ることができるが……その前に「刑期」を終えて、輪廻の輪に戻されてしまう魂の方が圧倒的に多い。ユンルァのように、神の遣いとして迎え入れられる魂はごく一握りなのだ。

 しかし、そのユンルァが行っているのは、極楽へ迎え入れられる可能性を飛躍的に高める、優遇措置そのもの。その道程さえも踏み越えて、直接ラハイヤの目通りを許す横道への案内に他ならない。きっと、魂の方もようようその事を理解しているのだろう。アケライが切り捨てた者から出でる魂は全て、一目散にユンルァの鳥籠を目指しては……自ら嬉々として黄金色の格子に所在を預ける。


「しかし……アケライはあの調子で大丈夫かね……。あたしもそれなりに加勢するつもりでいたけど、このままじゃ出る幕がないどころか、アケライこそを止めてやらないといけなくなるかも知れないね……」

「面差しだけ見れば、冷静そのものだが。……あれの手際が乱れ始めているのを見ても、スイシェン君を取り戻すまで、鎮まらぬかもしれぬな。……なるほど。そちらの心構えもしておいた方がいいわけか」


 その通りとユンルァに応じながらも、ルーシンは尚も妙な違和感を拭えないでいた。城門から王城内に至るまで、配属されているのは落ち魂に取り憑かれた魔が者ではあっても、誰も彼もが深度も中途半端な小物の雑魚揃い。これではアケライの進撃を止める事はおろか、時間稼ぎにすらならないだろう。


(……これは……何か目的があってのことなのかね? ……ハッキヤムとやらは何を考えているのやら……)


***

「お前様……メイシャンは恐ろしゅうございます」

「恐ろしい? ……何がだい?」

「父上によると……姉様のこともあって、私は狩られる側だと思われているそうなのです。ですが、それは事実無根の誤解でございます。それでなくても、無事に祝言を挙げられたというのに。罪もないのに、折角の幸せごと命を奪われるのは……何よりも悲しく、恐ろしいことでありまする」


 男誑しの手練手管を存分に発揮して、メイシャンがわざとらしくヨヨヨと泣いてみせれば。晴れて伴侶になったらしい妻の背を優しく撫でては、スイシェンが慰める。そうして腕の中でか細く泣きじゃくる彼女を抱きしめては、彼女が最も望む言葉を囁いて聞かせた。


「大丈夫。……メイシャンのことは俺が守るよ。これでも……それなりに腕は立つ方だと思うし。君だけは、守り切ってみせる」

「本当ですか? ……本当に、お前様は私のために剣を振るってくださると仰るのですか?」

「あぁ、約束するよ。だから、そんなに泣かないで。君には是非に……笑ってほしいな」


 スイシェンが懇願と一緒に頬に手を充ててみれば、メイシャンが咲き誇るような可愛らしい笑顔を見せて、胸元に頬を寄せてくる。花のように穏やかで柔和な花嫁の笑顔に……どこかでもらい損ねていた幸せを再認識しては、スイシェンはぼんやりと、少しだけアケライの事を考えていた。そうして彼女は笑ってくれることも決してなかったと思い至っては、ハハと寂しく乾いた笑いを漏らす。


(……もう、アケライのことは忘れてしまおう。俺がこれ以上……身代わりでいてやる必要もない。そうだ。俺はこれからは……)


 彼女のいない所で、平和に……そして、幸せに暮らすんだ。奪われた人生じゃない、自分自身の人生で。


 そうして何かを紛らわせるように辺りを見渡せば、窓が僅かに開けられているのにも気づく。その窓からは穏やかでありながら、冷たい空気が入り込んでくるが……寒さに少しだけ身震いすると同時に、微かだが確かに、何かの気配を感じ取るスイシェン。その気配に禍々しい香りを認識しては、安らかに眠り始めたメイシャンに掛け布団をかけ直してやりつつ……自身は寝床からひっそりと這い出して、荒事を迎え撃つ準備を始める。


 どうして忘れようと思った側から、未練たらしくやってくるのだろう。どうして……彼女は自分を身代わりの立場から解放してくれないのだろう。

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